アーティストはワイン!

 
いいお天気が続いています。
真っ青な空に眩しい太陽、とても気持ちがいいです!
 
「ヨーロッパ アーティスト」では、「サマ―フェスティバル in  すぎなみ 2010」を企画しまして、多くの方たちに出演して頂けるのをとても楽しみにしています。
 
本番を迎える事は緊張はしますが、やはり音楽家にとっては一回一回が貴重な体験ですし、楽しいひと時であって欲しいと願っています。
 
先日、出演者たちに、”是非沢山のお客様にお声掛けして聴いて頂きましょう”というメールを出しました。
 
コンサートが食事や睡眠のように、日常的になって欲しいと願っています。
そのために、質のよい楽しいコンサートを目指さないといけませんが、劇団の場合は、沢山の出演者たちが役になりきって、演技をしていきます。
オペラも同じで舞台稽古に結構時間を費やしてします。
昨日のシューマンの空想力の続きのような話ですが・・・
 
考えてみますと、楽器の人たちって舞台に立った自分を意識して、お客さんの気持ちを考えて本番を迎える人って、とても少ないと思います。
きちんと弾く、という事だけに神経がいきすぎるのかもしれませんね・・・
 
漫才ではありませんから、コンサートで笑わせる事を目標にするわけではありませんが、クラシックコンサートの枠の中で演奏者本人から出る魅力やオーラ、そしてそこから引き出す素晴らしい演奏効果で、「また絶対にこの人の演奏を聴きに行きたい!」って思わせる事が一番大切なのだと思います。
 
オペラ歌手たちは、声楽の勉強の他に、歩き方から役の立ち振る舞いや社交ダンスなど舞台人の基本を学んでから舞台に立つように、楽器の演奏者もそういう点で今の時代にあった、心弾んで生き生きと弾けるような魅力を作っていかなかなければならないように思います。

「舞台が怖いから客席を見ないでずっとピアノに向かって歩き、ピアノを弾き終えたら客席を見ないようにしておじぎをしてさっと帰ってきたのよ。」と舞台裏に戻ってから話していたピアニストがいましたが、演奏者本人がお客様と距離を作っているんでは、お客様が好意的に寄ってきてくれるはずもありません。
演奏には集中していても、それでは演奏家とお客さんの間の空気が冷たくて、ホールに温かい空気が流れないと思います。

「ヨーロッパ アーティスト」出演者の方たちは、ご縁あって、主催コンサートにご出演して下さるわけですから、
お客さんに喜んでもらう工夫と研究を是非して頂きたいと思います。

まずコンサートの演奏時間をお客さんと共有する時間と考える事、それは距離を作らず、いつも自分の子供に子守唄を歌って寝かせようと思う気持ちと同じように、お客様にいい気持ちになって頂くための演奏者にならなければ、”和やかな雰囲気の素敵なコンサート”にはならないと思います。
アーティストは”ワイン”にならないとダメなんです!
お客様を酔わせるために呼び集めているんですから・・・

質を落とすと言う事ではなく、もちろん演奏の質は高いに越した事ないですが、肩肘張って聴く習慣そのものが不自然だと思います。
 
大学時代は、クラシックコンサートを聴く時に、無意識のうちに、当時東京文化会館によく出かけていましたが、ホールのロビーに入ると何か咳払いするほどではないにしても、呼吸を整えて自分なりに「クラシックを聴くマナーで入りましょう!」みたいなところがありました。
それがヨーロッパの伝統芸術なのかと勝手に思っていました。
 
ところがザルツブルグ音楽祭に行っても、服装とマナーはできていても、体はリタックスして和やかな雰囲気で楽しんでいるんですよね〜
休憩時間のくつろぎ方が優雅でワインを飲みながら、みないい顔している〜
ワインの酔いというよりも音楽祭の空気にうっとり酔ってしまいました。
 
なんだ〜こんなにリラックスして普通に楽しめばいいんじゃない、と思って、今度渡仏したら、もっと気楽に自分の楽しみたい聴き方で、自由に楽しんでいました。
 
ヨーロッパの夏期講習会に行くと毎晩教授たちのコンサート三昧なのですが、舞台で椅子を出し入れする人が何度か顔出すと、拍手で迎えてあげて、それを笑う人ありで、何かとても気楽なんです。
日本のコンサートでは蝶ネクタイに燕尾服で演奏する教授も、ここだとジプシー音楽だという事で、4人のアンサンブル奏者が全員服装も合わせてしまって、本人たちが本当に楽しんでやっているのが分かるし、それを聴いている人たちは、聴く楽しみと観る楽しみと両方で楽しませてもらえるし、”楽しい素敵な時間!”という印象だけなんです。
そういう演技が本当にヨーロッパ人って雰囲気を出すのが上手なんです。
ジプシーならジプシーの人になれるし、南米音楽ならメキシコ人になってしまうし、クラシック演奏家が何故あんなに上手に演技できるの?って不思議に思いました。
その辺がやっぱり演劇部出身の私としては、大変興味を持ちました。
 
生き生きして演奏できるって本当に最高ですね〜
 

空想力!

 
一昨日からパリは一気に春を迎えました!
最高気温が今週はずっと16度〜18度という事ですっかり春支度です。
今まで冬眠していたような人も外に出て、賑やかになってきました。
 
先週は、何だかショパン特集みたいになってしまいました。
シューマンは、1810年6月8日に当時の東ドイツのツピッカウという小さな町に生まれたので、やはり「生誕200年記念」ですが、ショパンに比べると存在が薄いのが残念です。
素晴らしい曲をたくさん作曲していますから・・・
 
 
私は、まだドイツの東西に壁がある時に車で東欧圏に旅行しました。
シューマンが法律の大学に行ったのは、ライプチヒでしたが、バッハのトマス教会で有名なところですね。
この頃は信じられないほど楽譜が安かったんですよ〜

東ドイツの国境の検問は本当に厳しくて、車が溢れているのに車から降ろされて、荷物検査まで一台ごとに時間掛けてされるので、夏の暑い中、大変だったのを覚えています。
当時は旅行先を東欧圏に決めると、パリの東ドイツ大使館や当時のチェコスロバキア大使館にパスポートを預けて許可されるのを待つのですが、中々パスポートが届かないので大丈夫なのかしら?と心配してしまいました。
外国人向けホテルというのがあって、宿泊ホテルまで全部決められてしまっていました。
どこも5つ星で日本レストランが入っているようなところですので、立派すぎて驚きましたし、値段が高すぎて驚きました。
ライプチヒだけではなく、ドレスデン、チェコのプラハやハンガリーのブタペストなども外国人向けホテルは素晴らしく立派な高層建築で、外国人向けホテルだけが特に目立っていました。
 
でも、シューマンはライプチヒ大学に行って、都会過ぎて「自然」がどこにもない、と嘆いていたというのですから、ツピッカウの人口わずか4千人の町は本当にのどかなところだったのでしょうね。
私は東ドイツに入って、車は小さいし、西ドイツに比べると急に寂れた感じで都会という感覚ではなかったですから・・・
シューマンは、ライプチヒは嫌いだったそうですが、もしそこに行かなければ、クララ・ウィークと会えなかったわけですから、運命って本当に不思議だと思います。
 
1830年には、クララの父親のウィーク先生に自宅に住まわせてもらい、本格的な勉強をはじめたのですが、ウィーク先生の発言が好きなのです。
それは、フランスの先生たちは、よく”きみは耳がいい”という褒め言葉を使いますが、ウィーク先生は、シューマンに対してどのように褒めたと思いますか?
シューマンの母親は、シューマンが音楽家になる事を不安に思って、ウィーク先生にご意見を聴かせて下さい、というのに対し、「あれだけの才能と空想力を持っているのですから・・・」とおっしゃっているのです。
 
”空想力”って芸術には本当に一番将来的には大切なものだと思います。
結局は指を壊してしまいましたので、シューマンはピアニストを断念しましたが、この時は、才能と空想力があるから3年のうちには現代最大のピアニストのひとりとしてお目に掛ける事をうけあいましょう、とウィーク先生はおっしゃったのです。
 
やはり”速く指が動く”のではなく、一見ピアノ演奏とは違うような”空想力”が大切なのですね。
 
自分らしく演奏してそれが評価される、というのは、自分のイマジネーションしかないと思います。
 
私の事ですので、もちろん凡人の中での話しで恐縮なのですが、ずっと小学生の時から演劇部に所属していました。
空想したり、その人になりきって劇をしたり、人を笑わすことが大好きでした。
音楽もどちらかというとその線上で楽しいからやっていた、という感じです。
 
当時は「ちびまるこちゃん」のアニメはなかったですが、大人になってから流行ったにもかかわらず、「ちびまるこ」みたいなところがあるわよね〜って周囲の人に言われたりするので、こういうのも生まれながらなのでしょうね。
とにかく思いつきだけで生きていますから、「ヨーロッパ アーティスト」も思いつきでやってみたくなったのです・・・
 

ブログを書いて1ヶ月!

 
今日でブログをはじめて1ヶ月が経ちました。
2月は28日しかありませんので、正確には4週間です。
 
誰でも何か新しい事を考えて、仕事をしよう!とかボランティアで頑張ろう!とか思う時は、あれだこれだと夢や考えが頭にいっぱい詰まっているのですが、現実が見えてくると、やっぱり厳しいかな〜とか、これは無理そうだわ〜とか自信をなくしてしまう事も多いですよね。
 
今回の「サマ―フェスティバル in  すぎなみ 2010」を開催するにあたり、出演者を選出し、チラシやポスター制作、そしてチケット販売のところまで何とかこぎつけました。
あとは企画しても、お客様に興味を持って頂かなければ、アーティストの勉強の自己満足だけでは、主催者たちが大変です。
 
杉並区文化協会後援ということで、「コミュかる」誌にコンサート宣伝をして頂いたり、今後宣伝や呼びかけはどんどんしていきたいと思っています。
 
あるピアニストが、「私もう自主公演はしていないんです。友達にチケットお願いするとうんざりした顔されるので・・・」と話していました。
折角パリで長い事お勉強して、日本の音大の就職が決まって帰国した友人なのですが、本当に惜しい事です。
何でもっと国民が支えてあげられないんでしょうか・・・
 
もう1人のピアニストは、この間集客の話題になった時に、「こんなに一生懸命練習して力を磨いているのに、首に縄つけて引っ張ってくるみたいに、『演奏会しますのでどうかいらして下さい。』なんて何か情けないというかバカバカしい。」と嘆いていました。
 
その点、ヨーロッパのコンサートは、会場が少ないこともあるでしょうが、すぐ立ち見が出るほどになります。
満席になると会場が湧きますから、演奏者も演奏しやすい状態になりますし、有難いです。
乗りっていうのがあって、ちょっとの事でその時の気分でホール内の空気が変わります。
 
何とか頑張った甲斐あり成功して、出演者も満足してニコニコ、お客様も感激してくれてニコニコ、になるために、とにかく最後まで諦めずに努力しましょう。
 
そして、コンサートに自然と足が向くような人たちがいっぱいになって欲しいです。
それには質の高い、気持ちが和やかになれるようなコンサートを目指しましょう!
お客様とその時間を共有しているという事を最高の幸せ、と思いながら弾くと聴く側がとても聴きやすいものです。
 
ブログはじめて1ヶ月!
試しの期間(笑)でとにかく思った事を綴っていきました。
 
私は話しても止まらない、書いても止まらない人ですので、ついつい長くなってうんざりした人もいらしたと思いますが、もうそういう人は懲り懲りして今ブログを開けて下さっていないと思いますけれど・・・
 
細く長くの方がいいと思いますので、これからは忙しい時もありますし、適当に書いていきますね。
今月は優秀で、外出で遅くなっても「1ヶ月間だけはとにかく毎日!」を目標にしていたので、頑張って書いていました。
 
パリは何か気持ち悪いぐらい気温が高くなり、生ぬるい風です。
今は16度あります。
今日は雨ですが、昨日はパリでもコートを来ていない人もいましたし、気が早く半袖でパリ市内を歩く人も見かけました。
 
では楽しい週末を!

運命的な出会い!

 
時々何で音楽とずっと関わりを持ちながら生きてきたんだろう?と思う事があります。
それは”音楽は魅力的!”だからなのでしょうけれど・・・
 
衣食住だけ考えていれば音楽がなくても生きていける、と思っていらっしゃる方が多いから、コンサートが中々普及していかないのかもしれませんが、本当は今の時代だからこそこれくらい余裕のある生活が必要なんですよね。
 
音楽と関わりを持った人は、それぞれに音楽と不思議な出会いがあって、今もなお音楽と向かい合っているのだと思います。
音楽と共に生活出来るように運命づけられた人は、本当の意味で選び抜かれた幸せ者なのだと思います。
こういう運命に生まれてきたことを誇りに思って、自分にあったやり方で開花できるたら、最高にラッキーですね。
 
ショパンが先生に恵まれた話はすでにしましたが、かの有名なジョルジュ・サンドとも巡り会っていなかったならば、これだけ沢山の作品を残す事が出来なかったのは確かです。
運命的な出会いがあったからこそ、芸術作品が多く作られて世に出たわけです。
 
私は、19世紀の芸術家たちって団結力が強くて毎日が刺激的な日々だったんだろうな〜と想像してしまいます。
パリの社交界には錚々たるメンバーが集まっていたはずです。
 
ショパンがプレイエルのホールで演奏した時に、リストもシューマンも聴きにきていて、シューマンが「諸君!脱帽したまえ、彼は天才だ!」という有名なセリフをここで言っているのですね。
リストは、公演終演後にショパンに会って素晴らしかった事を伝えて、ショパンは、数日後のリスト家のサロンパーティにその時に招待を受けたわけです。
そこで、はじめて女流小説家のジョルジュ・サンドと顔合わせしたんですから、もしリストのサロンでの交流がなければ、ショパンの作曲の曲数も内容も変わってきたと思います。
 
こういう音楽家が文豪たちと一緒に交流できる社交界。
この時代は、こうやって刺激し合って素晴らしい芸術を作り上げていたんですね。
今は師弟関係ぐらいはあっても、中々芸術家の輪を作る事はできないです。
 
ショパン自身が晩年に音楽入門書を作る計画があり、それに「音によって思想を表現する芸術」と記しているという事ですが、真に”音楽”はこれにつきます!
人間の生きざまが、その結果として生まれた芸術作品となって、どのような形で表現されているかが重要
なんだと思います。
それと「自分の耳が許す音だけが音楽である」とも記していますが、これは以前に”耳で聴く”という事をブログに書きましたけれど、やはり音楽を奏でるのには、”技術は手ではなく耳が何よりも大切だ。”という事なんですね。
思想を語り、その思想に支えられた美学、耳を頼りにそれを芸術にしていくという事ではないでしょうか。
 
ショパンは、ジョルジュ・サンドから母性愛のような形で弱い体を介抱してもらいましたが、それ以上に、実際には多くの刺激をもらって、晩年には益々凄い芸術作品を残しているんだと思います。
離婚しても頭の中にはそれまで培われた思想がいっぱい詰まっていますから絶対に消える事はありません。
刺激し合える事は人生で素晴らしい事です。
お金は使えばなくなりますが、頭脳の中に詰めたものは、有難い事になくなりません。
 
今の音楽家にも19世紀の社交界までは要求しなくても、いい意味で、文豪、詩人、科学者、天文学者・・と一緒に時間を共にしながら刺激し合えば、音楽そのものが”練習時間が勝ち”みたいな現象にならずにすむように思えてなりません。
元々”音楽”っていうものは、そういう指でどれだけ弾けるかの競争とはかけ離れたものなんだと思います。
今は調べ物するにもパソコンで検索・・・なんですが、1人1人の優れた頭脳から肉声で語り伝えてもらう方が体の芯まで理解していけるような気がします。
そこに熱い友情ができますし・・・
 
ショパン、シューマン、リストたちの時代の音楽家は、芸術家たちがお互いに刺激し合う事が出来る最高の時代に生まれてきたんですね〜
だからその時代にパリで活動していた人にだけ与えられた特権だったのかも・・・
 
社交界でどんな話題を話しあって刺激し合っていたのか、ちょっとタイムスリップして覗いてみたいです!
 

音楽家になる資質とは?

 
昨日お話しましたように、音楽を奏でる環境ができているかどうかという事はとても重要な事だと思います。
もちろん環境だけ整っていても、音楽家になる資質が備わっていなければなりません。
 
ショパンの幼時期や子供時代はどのような子だったかといいますと・・・
 
ショパンは、青白くて病弱というイメージがありますが、子供時代は、ジェスチャーが上手で、ユーモアたっぷりで大人たちを笑わせる本当に楽しい子だったようです。
それで、ジーウ二ー先生もショパンの打てば響くような子をこよなく愛していたのですね。
親としては静かでおとなしい子の方が疲れませんが、発想力があって色々面白い発言をしたり、時には怒られるような事をしても、そういう子はとても存在感がありますし、個性的な子なんです。
 
ショパンは、ピアノを使って人まねをしたり、その時の気分をピアノで表現する才能がとてもあったと言いますし、似顔絵を描くのが得意だったそうです。
ショパンの書いた絵は、今でも残っています。
という事は、ぱっとその人の特徴を捉えて、それをピアノで表現したり、漫画で書くわけですから、瞬時にその人の特徴を捉えて音にしたり、漫画に書いたりする事ができる感性が豊かな直観の優れた子だったんですね。

まさに「子犬のワルツ」だって、ジョルジュ・サンドの飼っていた子犬が自分のしっぽをおいかけてクルクル回っているさまが面白くて、パッとあのかわいいメロディーが頭をよぎったんでしょう。
作曲だけでなく、機械の設計、洋服のデザイン、ヘアーデザイン、お料理なども、みな創造力が豊かだからできる事なんです。
 
子供によってピアノを習っていても、得意不得意のものが違います。
ピアノに向かって宿題の曲を練習しようとしても、頭の中に音楽が溢れてしまうので、それを弾く事に追われてほとんど宿題をしてこない子もいます。
これはその子の才能で、宿題をしてこないからといって叱らないで、たまにはその子の即興演奏を楽しんで聞いてあげるぐらい寛容であった方がいいと思います。
逆にそうやって次から次へと音楽が溢れてきて、それを弾くだけで忙しいという子は、”音楽を楽しむ”という段階はすでにクリアーしている事になります。
折角持って生まれた才能ですから、いかに上手にその才能を開花してあげるか、という事がとても大切だと思います。
 
それはその子が自然に要求するものですから、それを上手に向上するように仕向けてあげなければなりません。
才能を摘み取る事のないように、芸術はとてもデリケートなものですから、レッスンを楽しく、そして生き生きやってあげることが大切ですね。

先生にとっては、優等生的な生徒で、きちんと言われた事を守って練習して、注意すればすぐ直るおりこうさんはとても教えやすいですが、これが将来的に最高かというとそうではなく、ショパンの幼時期のように、自分で発想したり、洞察力や観察力が抜群で、人間のしぐさや行動に対して非常に興味を持ち、細かく頭の中で考え表現しようとする意欲がある子は、あるとき音楽が本当に好きになった時には必ず開花すると思います。
音楽は、”音”の羅列の正確さを求めているのではなく、”音”から生まれてくるダイヤや真珠のような輝きを持った美しさを求めているのではないでしょうか。
正確には、“音”と“音”の間の無音の何もない隙間が、どれだけ余韻の響きで聞き手を感動させる事ができるかという事のような気がします。
音ばかり気にして、音と音の隙間の無音の効果がどれだけ大切なものかを気付かないで勉強している方も多いと思いますが、耳をすまして自分の音を聴いてみると、発見できますよ。
多くの人に感動を与えられる音楽家が本当に音楽家になるべき人なんだろう、と思います。
 
世界中の1人でも多くの人が、本物の音楽に出会って感激する瞬間を味わって欲しいものですね。
折角生まれてきたのですから・・・
 

音楽環境って・・・

 
このブログを読んで下さっている方の中に、ショパンの父親の名前は、確か”ニコラス”じゃない?と思われている方もいらっしゃると思いますので、一応お断りをしておきます。
フランス人の名前で”Nicolas”(ニコラ)という名前は多いですが、仏語は「s」を発音しないので、
ドイツだとニコラスになるのですが、元々仏人ですので、ニコラで呼ばれていたはずですので、敢えて”ニコラ”で呼んでいます。
父親がニコラならば、ショパンの事はフレデリックと呼ばなければいけないのですが、あまりにも息子のフレデリックは”ショパン”という名で有名になっていますので、息子のフレデリックの方は”ショパン”の姓で呼ばせて頂きました。
 
ショパンは、とても両親や音楽の先生と音楽環境に恵まれていました。
ピアノを母親のクシジャノフスカにまずピアノの手ほどきを受けた事を書きましたが、ショパンよりも3歳違いの姉ルドウィカは、7歳にして弟のフレデリックに教えたそうですから、教育環境は素晴らしかったのでしょうね。
6歳からショパンが習いましたピアノの先生のジーウ二ーの存在はとても大きったと思います。
教えるというだけでなく、ショパン家の一員と仲良しになり、ショパンの話し相手や遊び相手にもなって下さっていたわけですから、彼がショパン家を素晴らしい音楽環境に作り上げてくれたのだと思います。
 
子供時代、先生と生徒が一週間に一回のレッスンだけの付き合いで、その子の家庭に音楽がなければ、育つ能力があっても難しいと思います。
ショパンのように、先生がその家族の一員のようになってその子の音楽教育だけではなく生活面でも付き合えるような関係にあるのというのは恵まれています。

一日中ピアノにつかせて、隣で先生のコピーさせて満足しているような先生でしたら、いない方がましですが・・・
 
ショパンの場合は、親が音楽家ではなかった訳ですから、一番こういう環境が必要だったと思います。
ショパンのワルシャワの家は、ニコラの勤務する学校の敷地内にあって、生徒を寄宿生としてとっていたので、先程のジーウ二ー先生は、フレデリックの他に寄宿生も教えるようになって、益々ショパン家とのつながりが強くなりました。
ショパン家には姉と妹2人の一男三女の4人子供がいましたが、この寄宿生の中にはショパンの生地にジェラゾヴァ・ヴォーラのスカルべック家のお子さん2人も住まわせていて、さぞ賑やかな家庭だったんでしょうね。
 
ところで、ポーランド出身のピアニスト クリスチャン・ツィマーマン(日本ではツィメルマンと呼ばれています)は、来日も多いピアニストですのでご存知の方は多いと思います。
彼は、子供時代に父親からピアノの手ほどきを受けただけではなく、毎晩、ツィメルマンの家に集まっては父親の友達たちがアンサンブルを楽しんでいたそうです。
そしてその時に全員が揃わない事があると、ツィメルマンが子供の時から大人たちに交じって足りない楽器を演奏し、一緒にアンサンブルを楽しんでいた、という話をトークコンサートで聞きました。
日本ではまず彼のトークコンサートなどはないと思いますが・・・
 
ツィメルマンもとても気さくな人で話しだしたら止まらない人なんです。
アルザス地方のコルマールコンセルヴァトワールのソルフェージュ担当のケネル先生が、ワルシャワに留学した当時からツィメルマンととても仲良しでしたので、ツィメルマンが世界中をまわってコンサートツアーする前に、いつもアルザスの教会を使ってリサイタルをしてコンサートツアー準備をなさられていました。
日本だとリサイタルの演奏だけですが、ケネル先生との対談の時間が結構長くて、みんな彼の子供時代のエピソードなんかを面白く話して下さるのでお腹抱えて笑っていました。
ツィメルマンとケネル先生は、舞台の真中におしりをつけて座って、足は舞台からブラブラさせて話しこんでいるんです。
笑いすぎて、今日はリサイタルなんだ、という事まで分からなくなるぐらい雑談で盛り上がってしまっていました。
しかし、彼から伝わってくるものは、厳しい訓練とか練習とか全くそういうものではないんです。
 
どんなにポーランドの田舎で親たちが家でする楽団員との交流が楽しかったか、自然に親のアンサンブル仲間が演奏する曲を親のいない隙にこっそり練習して、大人たちを驚かせた、とか、生活の中に音楽があって、「生活を楽しくするには、音楽が一番必要なんだよ!」ということが舞台の2人の対談から伝わってきました。
 
実は彼はポーランド人ですが、1980年代からずっとスイスのバーゼルに住んでいます。1996年からはバーゼル音楽院で後進の指導もなさられています。
ショパンの父である、二コラ出身のアルザス地方とツィメルマンが住んでいるバーゼルとは国が違いますが本当に近い距離なんです。
私は、フランスのアルザス地方 コルマールに住んでいましたが、バーゼルに日本食材店がありましたので、よく車で行きました。
パスポートは必要でしたが、車で30分の距離にあるんです。
 
地理が分かりますでしょうか・・・
フランスとドイツとスイスが重なっている地域なんです。
スイスの国境に30分、ドイツのライン川に25分のところですから、本当にのどかな場所なんですよ。
 
また長くなってしまいますので、今日はこの辺で・・・
 

ショパンの生家

 
今日はパリもぽかぽか陽気で気持ちがいいです。
 
昨日は、ショパンの父親ニコラの話しをさせて頂きました。
 
ニコラは、1802年にショパンの生家であるジェラゾヴァ・ヴォ―ラに領地を持つスカルベク伯爵の子供たちの家庭教師となり、そこに住みこむことになったのですが、伯爵の遠縁で家事手伝いをしていたユスティナという女性と知り合って結婚して生まれてきたのがショパンなんです。
 
ですから、ショパンの母親は、スカルベク伯爵の遠縁で良家のご出身でしたので、ショパンは、ピアノの手ほどきをまずお母さまから受けていますし、教育環境はよかったのでしょうね。
ジェラゾヴァ・ヴォ―ラは、ワルシャワから西に50キロ程の小さな村で、今はそのスカルベク家だった邸宅の跡の公園にショパンの生家が再建されています。
 
私は、15年前にワルシャワから車で行きましたが、当時、途中の田園風景が素朴で、フランスよりももっと小じんまりした農園がずっと続いていた事を覚えています。
 
丁度ショパンコンクールの時期の秋でしたので、黄葉した木々に囲まれたジェラゾヴァ・ヴォ―ラにあるショパンの生家は木造平屋建てでしたが、とても洒落た家でした。
今も自宅の2階の回廊の壁にショパンの生家の写生画が飾られていますが、秋の光景ととショパンの生家がとても物静かでマッチしています。
とても落ち着いた絵なので好きです。
 
でも、ここは本当に生家というだけで、1810年にワルシャワに引っ越しているわけですから、生まれてすぐに引っ越しをしたことになります。
ただ、今年”ショパン生誕200年”という事ですから、1歳にならない時期に引っ越しをした事になりますが、演奏を聴く側としたら、それが別に前でも後でも問題ないのですが、結構2009年説も以前からありますし、実際には、どちらなのかは分かりません・・・
 
ただ、色々な文献を読むと、私は2009年説なのでは?とは思っています。
昔は誕生日の登録がないから実証するものがないと難しいですね。
これは、ドラえもんに確認してもらわないと無理ですね〜
 
では、今日はこの辺で〜
 

ショパンのお父様は・・・

 
昨日は、ショパンの話を少し致しましたので、今日も引き続き・・・
 
今年は、ショパン生誕200年記念の年とあって、ショパン人気は凄いですね。
ところでショパンがポーランド人だという事とフランス人の父親とポーランド人の母親の間に生まれた事はご存じだと思いますが、父親の二コラは、フランスのどこのご出身かご存知ですか?
 
ヴォージュ県のマランヴィル出身なんですね。
ヴォージュ山脈を挟んでドイツ側がアルザス地方になっていますが、二コラの家は、車大工とブドウ栽培の農家だったそうです。
アルザスワインを作るためにブドウ栽培をしている農家がほとんどですが、そのブドウを運ぶ荷車がブドウ収穫時期になると、畑のあちらこちらに置いてあります。荷車にブドウが山積みされると運んで帰って行き、また空にして荷車をブドウ畑まで運んでくるんです。こういう光景が懐かしく、時々ふっと頭に浮かんだりしてしまいます。
そのブドウを運ぶための荷車の修理をしていたのではないかと勝手に想像しています。
フランス人とは言いましても、この東側のフランス人は、前にちょっと触れましたように、ドイツ色の強いフランスですから、人種もパリに住むフランス人とはかなり違います。 
アルザス語は、フランス語というよりもドイツ語に近いです。
アルザスの友人は、「私たちアルザシアンの人間は、日本人のように勤勉ですし、とても物静かで頭脳が優れている人が多いんですよ。」と自慢していましたが、確かに全体的にパリに住んでいる人たちとは性格が違いますし、物静かでドイツ的な気品ある人たちが多いと思います。
アルザスに住んでいた時に、お隣の方は検事さんでしたが、知的で温和でとても素敵なご夫妻でした。子供たちを孫のように可愛がって下さいました。
ですから、何となくショパンのお父様がどんな方だったのかを想像してしまいます。
私自身アルザスに15年以上住んでいましたので、ショパンのお父様のニコラの肖像画を見ているだけで、アルザスの顔だって一目でわかりますし、彼の性格や色々な考え方が透しの目で見えてくるような気がして面白いです。
 
ショパンは謎の多い人だと聞きますが、まず何故父親の二コラがポーランドに渡ったのかも分かっていないそうです。
昔、ショパンの本を読んだ時には、フランス語の先生として渡ったような事が記されていたのですが、実際には、フランス語の先生になったのはずっと先の事で、1787年、ニコラが16歳の時にポーランドに移住して、まずワルシャワの煙草工場に勤めていたということです。
1794年に、コシューシコによる愛国的な反乱により、その煙草工場が閉鎖になったという事で、生計を立てるためにフランス語の先生になったという事ですから、その経歴を考えると確かに何故ポーランドに渡ったのかが謎ですね。
ニコラ自身は、軍隊への徴用を逃れるためだったと言っていたそうですが、それだけではないと考えている人が多いようです。
その頃は飛行機もないですから、余程の覚悟がないとポーランドまで渡らないですよね。
 
もし、ショパンが生粋のフランス人の父親でしたら、また違った音楽が出来あがったのだろうな〜と思います。
たとえば、南仏育ちだったら、益々違う音楽が出来ていたのでしょうね。
 
人間は、どの土地で生まれ育ったかによって、考え方も身のこなしもその人から出る雰囲気も違うと思います。
極端に言うと、音楽の演奏形態や曲の解釈まで変わってくるものです。
また、何語で育ったかという事も大きく影響すると思います。
それによって音楽の流れやフレージングも違ってきます。
 
いろいろと考える事は本当に面白い発見があるし、楽しいです。
今度はお母さまについて考えてみることにします。
 
私自身も、先祖代々から伝わってきて、そこに育った環境が反映されて、今の自分の性格や考え方が出来あがっているんだと思うと、とても不思議な気持ちになります。

音と味

 
ヨーロッパ アーティスト主催「サマ―フェスティバル in  すぎなみ 2010」のコンサートチラシがようやく今週出来あがる予定です。
 
コンサートチラシには、日時、協賛・後援、プログラムの曲目、チケット取り扱い場所、プロフィール、会場の地図など入れないといけない事が沢山あります。
 
しかし、個人のチラシの場合は、情報を沢山入れる事ができますが、サマ―フェスティバルの参加グループは、19組、人数にしますと32人にもなります。
ですから、プログラムの曲目も代表曲だけを載せるだけで精一杯ですし、会場である杉並公会堂の地図を載せるスペースもありません。
顔写真は、ソリストだけは何とか載せられましたが、ピアノ伴奏の方には申し訳なかったのですが、ホームページ掲載だけで勘弁して頂きました。
 
それでもデザイナーのOさんに色々注文をつけて、出来るだけ日時など必要事項だけは、はっきり見やすいように工夫して頂きました。
 
出演者さんたちが心から楽しめるコンサート、お客様にもいつまでも記憶に残るような楽しいコンサートであって欲しいと願っています。
 
コンサートは、サロンコンサート風なものから大ホールでのコンサートまで色々あります。
「サマ―フェスティバル in  すぎなみ 2010」の会場である「杉並公会堂小ホール」は、200人位の小ホールです。
 
ところで、ショパンはサロンコンサートを大変好んで演奏していたようです。
ショパンは、輝かしい喝采よりも静かな共感を望んだ事と、最初のいくつかの和音から、彼と聴衆の間には親密な交感が確立した事を、リストがパリで演奏したショパンのコンサート評を書いています。パリ国立図書館にその記事が大事に保管されていますが、そういう形でのコンサートをショパンが好んでいたとすると、大ホールで派手に弾くショパンの演奏というのは・・・
ショパンが生きていて、ショパン先生がレッスンなさったり、ショパンコンクールの審査委員長になれば全く違う評価になるのでしょうね。
大きなホールですと音楽感が変わってしまいますけれど、現在は現在で今の時代にあった演奏形態で過去に捕らわれない演奏を好むのだと思いますが、これは好みの問題ですね。
 
コルト―の演奏は今時の演奏ではありませんが、何か不思議な魔力を感じます。
20世紀の最大のショパン弾きだと思いますし、確かにショパンの色ってこうだったのではないかしら・・・と感じてしまいます。
演奏家が上手に弾いている、というのとは全く違って、引きつけられて、これが本当の芸術だと思います。
ポリーニやアルゲリッチのような素晴らしいテクニックではないのですが・・・
 
美味しいと評判の小さいフランスレストランは、スープを作るのに10時間以上グツグツと出しのために時間を掛けていますが、食器や見栄えはホテルの一流レストランには負けてしまいます。
一流ホテルレストランでは、今はかなり時間削減でスープを作ってしまっているところが多いようです。
見た目はパッとしなくても、時間を掛けて作り上げたコクのあるスープを味わうと口の中に上手さが広がり、いつまでも忘れられない味として残りますし、その味が頭に記憶されて、思い出しただけで幸せになれます。
 
コルト―のLPを聴きますと、傷を作っている演奏ですが、何か本当の音楽ってこれなんじゃないかしら?と思ってしまいます。
音にサロン風な高級感があります。
 
芸術は「1+1=2」ではありませんね〜
 

フムフム・・・

 
娘は帰国するので、シャルル・ド・ゴール空港まで先ほど送りに行きました。
充実した5週間だったそうで、何よりだったと思います。
 
今は日本のリムジンバスほどではないですが、バスがあちらこちらから出るようになったので、随分楽になりました。
 
面白いバス代の話があります。
シャルル・ド・ゴール空港は、Zone5(ゾーン5)になります。
パリ中心がゾーン1で、郊外に離れますと数が増えて行きます。
ゾーン5でも北西の新興住宅地の最寄り駅から、北東にありますシャルル・ド・ゴール空港まで一時間位の距離を走るリムジンバスが出ています。
ゾーン1のパリ市内からゾーン5のシャルル・ド・ゴール空港までの所要時間とほとんど変わりません。
 
ゾーン5だけを走るバス代のお値段は?
パリからですと、バス会社によって違いますが、9ユーロ〜15ユーロぐらい掛かります。
 
数年前までは、日本のバスのように停留所が多くなればどんどん値段が上がっていく方式を取っていたのですが、オレンジカードという定期券もゾーン計算ですので、住民から反対が出て、ゾーン5だけを走っているという事で、一気にメトロの切符1枚(1,6ユーロ)で乗車できるようになりました。
これを利用している人たちは、とても得した気分!と言って喜んで乗っているようです。
ゾーン計算すると確かにそうなりますが、ガソリン代も出ないのでは?と思ったりします。
 
ここでコンサートの話を持ち出すのも変ですが・・・
 
もし同じ内容のプログラムのコンサートの場合、公共施設の主催で区民のための無料コンサートと自主公演のチケット代金を支払うコンサートとどちらのコンサートにいらっしゃいますか?
 
もちろん、ホールの音響施設の差はありますが、以前、無料コンサートにお客様が吸い取られてしまい、自主公演のチケットが全然売れなかった、という話を聞いた事があります。

このシステムは中々難しいですね。
気楽に多くの区民や市民に呼び掛けてのコンサート企画自体は、とても素晴らしい事ですし、どんどん発展させたいところです。
もちろん演奏者への謝礼金はきちんと公共団体から頂けますし、区報などにコンサート告知をして下さいますので、集客の心配をしなくても済みます。

ところが、同じ出演者の自主公演がその翌月にあった場合、どうしてもお客さんを取られてしまうという現象が起きてきます。

それでしたら、自主公演だけをしたらいいじゃないですか?とおっしゃる方もいますが、それはそれでお客様の層が広がっていきませんし、コンサート数もぐんと減ってしまい、自主公演だけでは赤字を作ってしまう事が多いですから厳しいです。
 
アーティストが演奏だけで生きていけるような世の中になって欲しいと願っていますが、今の日本の仕組みでは非常に難しいと思います。
日本には、コンサート会場が多すぎるのも問題がありますね。
分散されてしまうのです。
フランスは少なすぎますし、難しいですね〜
 
アーティストたちの明るい未来を願っています。
 


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