ショパンの生家

 
今日はパリもぽかぽか陽気で気持ちがいいです。
 
昨日は、ショパンの父親ニコラの話しをさせて頂きました。
 
ニコラは、1802年にショパンの生家であるジェラゾヴァ・ヴォ―ラに領地を持つスカルベク伯爵の子供たちの家庭教師となり、そこに住みこむことになったのですが、伯爵の遠縁で家事手伝いをしていたユスティナという女性と知り合って結婚して生まれてきたのがショパンなんです。
 
ですから、ショパンの母親は、スカルベク伯爵の遠縁で良家のご出身でしたので、ショパンは、ピアノの手ほどきをまずお母さまから受けていますし、教育環境はよかったのでしょうね。
ジェラゾヴァ・ヴォ―ラは、ワルシャワから西に50キロ程の小さな村で、今はそのスカルベク家だった邸宅の跡の公園にショパンの生家が再建されています。
 
私は、15年前にワルシャワから車で行きましたが、当時、途中の田園風景が素朴で、フランスよりももっと小じんまりした農園がずっと続いていた事を覚えています。
 
丁度ショパンコンクールの時期の秋でしたので、黄葉した木々に囲まれたジェラゾヴァ・ヴォ―ラにあるショパンの生家は木造平屋建てでしたが、とても洒落た家でした。
今も自宅の2階の回廊の壁にショパンの生家の写生画が飾られていますが、秋の光景ととショパンの生家がとても物静かでマッチしています。
とても落ち着いた絵なので好きです。
 
でも、ここは本当に生家というだけで、1810年にワルシャワに引っ越しているわけですから、生まれてすぐに引っ越しをしたことになります。
ただ、今年”ショパン生誕200年”という事ですから、1歳にならない時期に引っ越しをした事になりますが、演奏を聴く側としたら、それが別に前でも後でも問題ないのですが、結構2009年説も以前からありますし、実際には、どちらなのかは分かりません・・・
 
ただ、色々な文献を読むと、私は2009年説なのでは?とは思っています。
昔は誕生日の登録がないから実証するものがないと難しいですね。
これは、ドラえもんに確認してもらわないと無理ですね〜
 
では、今日はこの辺で〜
 

ショパンのお父様は・・・

 
昨日は、ショパンの話を少し致しましたので、今日も引き続き・・・
 
今年は、ショパン生誕200年記念の年とあって、ショパン人気は凄いですね。
ところでショパンがポーランド人だという事とフランス人の父親とポーランド人の母親の間に生まれた事はご存じだと思いますが、父親の二コラは、フランスのどこのご出身かご存知ですか?
 
ヴォージュ県のマランヴィル出身なんですね。
ヴォージュ山脈を挟んでドイツ側がアルザス地方になっていますが、二コラの家は、車大工とブドウ栽培の農家だったそうです。
アルザスワインを作るためにブドウ栽培をしている農家がほとんどですが、そのブドウを運ぶ荷車がブドウ収穫時期になると、畑のあちらこちらに置いてあります。荷車にブドウが山積みされると運んで帰って行き、また空にして荷車をブドウ畑まで運んでくるんです。こういう光景が懐かしく、時々ふっと頭に浮かんだりしてしまいます。
そのブドウを運ぶための荷車の修理をしていたのではないかと勝手に想像しています。
フランス人とは言いましても、この東側のフランス人は、前にちょっと触れましたように、ドイツ色の強いフランスですから、人種もパリに住むフランス人とはかなり違います。 
アルザス語は、フランス語というよりもドイツ語に近いです。
アルザスの友人は、「私たちアルザシアンの人間は、日本人のように勤勉ですし、とても物静かで頭脳が優れている人が多いんですよ。」と自慢していましたが、確かに全体的にパリに住んでいる人たちとは性格が違いますし、物静かでドイツ的な気品ある人たちが多いと思います。
アルザスに住んでいた時に、お隣の方は検事さんでしたが、知的で温和でとても素敵なご夫妻でした。子供たちを孫のように可愛がって下さいました。
ですから、何となくショパンのお父様がどんな方だったのかを想像してしまいます。
私自身アルザスに15年以上住んでいましたので、ショパンのお父様のニコラの肖像画を見ているだけで、アルザスの顔だって一目でわかりますし、彼の性格や色々な考え方が透しの目で見えてくるような気がして面白いです。
 
ショパンは謎の多い人だと聞きますが、まず何故父親の二コラがポーランドに渡ったのかも分かっていないそうです。
昔、ショパンの本を読んだ時には、フランス語の先生として渡ったような事が記されていたのですが、実際には、フランス語の先生になったのはずっと先の事で、1787年、ニコラが16歳の時にポーランドに移住して、まずワルシャワの煙草工場に勤めていたということです。
1794年に、コシューシコによる愛国的な反乱により、その煙草工場が閉鎖になったという事で、生計を立てるためにフランス語の先生になったという事ですから、その経歴を考えると確かに何故ポーランドに渡ったのかが謎ですね。
ニコラ自身は、軍隊への徴用を逃れるためだったと言っていたそうですが、それだけではないと考えている人が多いようです。
その頃は飛行機もないですから、余程の覚悟がないとポーランドまで渡らないですよね。
 
もし、ショパンが生粋のフランス人の父親でしたら、また違った音楽が出来あがったのだろうな〜と思います。
たとえば、南仏育ちだったら、益々違う音楽が出来ていたのでしょうね。
 
人間は、どの土地で生まれ育ったかによって、考え方も身のこなしもその人から出る雰囲気も違うと思います。
極端に言うと、音楽の演奏形態や曲の解釈まで変わってくるものです。
また、何語で育ったかという事も大きく影響すると思います。
それによって音楽の流れやフレージングも違ってきます。
 
いろいろと考える事は本当に面白い発見があるし、楽しいです。
今度はお母さまについて考えてみることにします。
 
私自身も、先祖代々から伝わってきて、そこに育った環境が反映されて、今の自分の性格や考え方が出来あがっているんだと思うと、とても不思議な気持ちになります。

音と味

 
ヨーロッパ アーティスト主催「サマ―フェスティバル in  すぎなみ 2010」のコンサートチラシがようやく今週出来あがる予定です。
 
コンサートチラシには、日時、協賛・後援、プログラムの曲目、チケット取り扱い場所、プロフィール、会場の地図など入れないといけない事が沢山あります。
 
しかし、個人のチラシの場合は、情報を沢山入れる事ができますが、サマ―フェスティバルの参加グループは、19組、人数にしますと32人にもなります。
ですから、プログラムの曲目も代表曲だけを載せるだけで精一杯ですし、会場である杉並公会堂の地図を載せるスペースもありません。
顔写真は、ソリストだけは何とか載せられましたが、ピアノ伴奏の方には申し訳なかったのですが、ホームページ掲載だけで勘弁して頂きました。
 
それでもデザイナーのOさんに色々注文をつけて、出来るだけ日時など必要事項だけは、はっきり見やすいように工夫して頂きました。
 
出演者さんたちが心から楽しめるコンサート、お客様にもいつまでも記憶に残るような楽しいコンサートであって欲しいと願っています。
 
コンサートは、サロンコンサート風なものから大ホールでのコンサートまで色々あります。
「サマ―フェスティバル in  すぎなみ 2010」の会場である「杉並公会堂小ホール」は、200人位の小ホールです。
 
ところで、ショパンはサロンコンサートを大変好んで演奏していたようです。
ショパンは、輝かしい喝采よりも静かな共感を望んだ事と、最初のいくつかの和音から、彼と聴衆の間には親密な交感が確立した事を、リストがパリで演奏したショパンのコンサート評を書いています。パリ国立図書館にその記事が大事に保管されていますが、そういう形でのコンサートをショパンが好んでいたとすると、大ホールで派手に弾くショパンの演奏というのは・・・
ショパンが生きていて、ショパン先生がレッスンなさったり、ショパンコンクールの審査委員長になれば全く違う評価になるのでしょうね。
大きなホールですと音楽感が変わってしまいますけれど、現在は現在で今の時代にあった演奏形態で過去に捕らわれない演奏を好むのだと思いますが、これは好みの問題ですね。
 
コルト―の演奏は今時の演奏ではありませんが、何か不思議な魔力を感じます。
20世紀の最大のショパン弾きだと思いますし、確かにショパンの色ってこうだったのではないかしら・・・と感じてしまいます。
演奏家が上手に弾いている、というのとは全く違って、引きつけられて、これが本当の芸術だと思います。
ポリーニやアルゲリッチのような素晴らしいテクニックではないのですが・・・
 
美味しいと評判の小さいフランスレストランは、スープを作るのに10時間以上グツグツと出しのために時間を掛けていますが、食器や見栄えはホテルの一流レストランには負けてしまいます。
一流ホテルレストランでは、今はかなり時間削減でスープを作ってしまっているところが多いようです。
見た目はパッとしなくても、時間を掛けて作り上げたコクのあるスープを味わうと口の中に上手さが広がり、いつまでも忘れられない味として残りますし、その味が頭に記憶されて、思い出しただけで幸せになれます。
 
コルト―のLPを聴きますと、傷を作っている演奏ですが、何か本当の音楽ってこれなんじゃないかしら?と思ってしまいます。
音にサロン風な高級感があります。
 
芸術は「1+1=2」ではありませんね〜
 

フムフム・・・

 
娘は帰国するので、シャルル・ド・ゴール空港まで先ほど送りに行きました。
充実した5週間だったそうで、何よりだったと思います。
 
今は日本のリムジンバスほどではないですが、バスがあちらこちらから出るようになったので、随分楽になりました。
 
面白いバス代の話があります。
シャルル・ド・ゴール空港は、Zone5(ゾーン5)になります。
パリ中心がゾーン1で、郊外に離れますと数が増えて行きます。
ゾーン5でも北西の新興住宅地の最寄り駅から、北東にありますシャルル・ド・ゴール空港まで一時間位の距離を走るリムジンバスが出ています。
ゾーン1のパリ市内からゾーン5のシャルル・ド・ゴール空港までの所要時間とほとんど変わりません。
 
ゾーン5だけを走るバス代のお値段は?
パリからですと、バス会社によって違いますが、9ユーロ〜15ユーロぐらい掛かります。
 
数年前までは、日本のバスのように停留所が多くなればどんどん値段が上がっていく方式を取っていたのですが、オレンジカードという定期券もゾーン計算ですので、住民から反対が出て、ゾーン5だけを走っているという事で、一気にメトロの切符1枚(1,6ユーロ)で乗車できるようになりました。
これを利用している人たちは、とても得した気分!と言って喜んで乗っているようです。
ゾーン計算すると確かにそうなりますが、ガソリン代も出ないのでは?と思ったりします。
 
ここでコンサートの話を持ち出すのも変ですが・・・
 
もし同じ内容のプログラムのコンサートの場合、公共施設の主催で区民のための無料コンサートと自主公演のチケット代金を支払うコンサートとどちらのコンサートにいらっしゃいますか?
 
もちろん、ホールの音響施設の差はありますが、以前、無料コンサートにお客様が吸い取られてしまい、自主公演のチケットが全然売れなかった、という話を聞いた事があります。

このシステムは中々難しいですね。
気楽に多くの区民や市民に呼び掛けてのコンサート企画自体は、とても素晴らしい事ですし、どんどん発展させたいところです。
もちろん演奏者への謝礼金はきちんと公共団体から頂けますし、区報などにコンサート告知をして下さいますので、集客の心配をしなくても済みます。

ところが、同じ出演者の自主公演がその翌月にあった場合、どうしてもお客さんを取られてしまうという現象が起きてきます。

それでしたら、自主公演だけをしたらいいじゃないですか?とおっしゃる方もいますが、それはそれでお客様の層が広がっていきませんし、コンサート数もぐんと減ってしまい、自主公演だけでは赤字を作ってしまう事が多いですから厳しいです。
 
アーティストが演奏だけで生きていけるような世の中になって欲しいと願っていますが、今の日本の仕組みでは非常に難しいと思います。
日本には、コンサート会場が多すぎるのも問題がありますね。
分散されてしまうのです。
フランスは少なすぎますし、難しいですね〜
 
アーティストたちの明るい未来を願っています。
 

モンパルナスタワーで・・・

 
また一週間が経ってしまいます。
 
今日は仕事のあとに、モンパルナスタワー56階の展望レストランで優雅な時間を過ごしました。
 
地元だというのに、それでもちょっとこういうところに来ると、すっかり旅行気分になれます。
エッフェル塔の真正面の最高の席を用意して下さっていたので、いい時間を過ごす事が出来ました。
 
エッフェルの輝きと市内の夜景を眺めながらじってしていると、何か不思議な空気を感じます。
ヨーロッパ一の高さのレストランという事ですが、確かにいつ来てもパリの夜景にうっとりします。
お食事も芸術的なメニューばかりです。
フォアグラとシャンペン、ワインで十分一週間の疲れは取れますね。
デザートの飾り付けもいつも楽しみにしています。
とってもセンスがあるかわいい盛り付けなので気に入っています。
今日はチョコレートタルトとバニラアイスでしたが、飾りにほおずきが付いていた
ので驚きましたが、色合いがマッチしていてかわいかったです。

心のゆとりが頭も気持ちもリフレッシュしてくれます。
芸術を愛す人は食にうるさい、と言われますが、確かに共通していると思います。
すべて芸術はイマジネーションですね〜
 
また一週間頑張ろう!という気持ちにして活力をもらえました!
 
では、素敵な週末をお送り下さい。

ハプニング

 
今日は暖かい一日でした。
 
コンサートというのは、聴きに行く時は朝から、どんな演奏を聴かせてくれるのかしら?と胸が弾むのですが、コンサートに出演する側になると、中々ウキウキ気分になれません。
朝からいつもとは違ってソワソワしてしまいます。
ホールに入る時間から換算して、美容室に行ったり、ドレス、靴や装飾品まで忘れ物がないように気を配って点検します。
特に楽譜の確認は念入りにに行わなければなりません。
 
これは、昨年のコンサートの時の話ですが、ヴァイオリニストのFちゃんが、お母さまと一緒に電車に乗りホールの最寄り駅で降りたんですが、二人で「アッ!」と気がついた時には、もう電車のドアが閉まってしまった・・・
何と電車の網棚に本番のドレスを置いてきてしまったのです!
ホールの待ち合わせ時間になってもいらっしゃらないので、心配していました。
そしたら、Fちゃんが楽屋に来て、ドレスの話をしたので、もうビックリ!
「ちゃんと網棚にドレスがあったので、終点の横浜駅まで母が取りに行きました。」という事でまずはホッとしました。
本番にはちゃんと素敵なドレスを着て、何もなかったような顔をして出て下さいました。
でもさすがに驚きました・・・
 
その話を知人にしましたら、「そうそう、以前に一年前に着たドレスでいいわ、という事で当日楽屋でドレスを出して着てみたら、何と太ってしまってファスナーが上がらない。それでもこのドレスしか持ってきていないので、何とかぐいぐい上まで上げて舞台に出て普通に演奏なされたのですが、深呼吸も出来ない状態だったので、演奏しているうちに酸欠状態みたいになって、救急車で病院に運ばれた人がいるんです。」という話を聞いて、またまたビックリしました。
 
コンサートは水物ですから、本当に演奏のハプニングだけではなく、舞台でも色々な事が起きますね。
 
これはオペラの本番の時の話です。本物の金槌は危ないので使えないという事で、ゴム製の舞台用の金槌を持って出演したのですが、ゴムがポコンと抜けてしまって下に落ちてしまった!
「アッ!」と思った時には、ポンポン跳ね上がって舞台を飛び回り、何と客席まで飛んでいったそうなのです。
笑いを堪えて歌ったけれど、その時は本当に大変だったのよ!、という事でした。
笑いをこらえながら歌うって大変な事ですよね〜
 
今日はこの辺で・・・
 

Mちゃんのレッスン

 
今日は、日仏家庭のTさんのお宅でランチをご馳走になり、色々相談を受けました。
私は昨年から日仏の往来が激しくなって来ましたので、お譲さんのMちゃんのレッスンをパリの区立コンセルバトワール(音楽学校)の仏人の先生にお願いしました。お子さんは定期的なレッスンが必要ですので・・・
子供好きでとてもよく教えて下さる先生、という評判を聞いて安心してお願いしたのですが、Mちゃんのお母さまは、「音楽の作り方が以前より綺麗に仕上がらないし、音楽が生き生きしていないのです。」というご連絡を頂きました。
それで、ランチの後にMちゃんが学校から帰宅したので、今週末にコンクールで弾く曲を早速聴かせてもらいました。
 
音のミスはないし、優等生的に弾いていますが、確かに以前私とレッスンしていた時のイメージとは違う演奏です。
もちろん指は以前よりも動いているのですが・・・
 
自慢ではありませんが、ちょっとレッスンしただけでMちゃんの演奏に変化が出てきました。
お母さまから見違えるように変わった、と感謝されましたが、Mちゃんのちょっとした心がけだけでこんなにも変わるものなのですね。
 
課題曲はフランスの現代曲でしたが、イメージをふくらまして楽しいストーリーを自分の頭で作ってしまえば、もう曲の流れは変わってくるし、フレーズは生きてくるものなのです。
最後の締めくくりの左の単音の2音は何度も練習しましたが、「夜中飛び回って遊んでいたおもちゃたちが朝になったので、おもちゃ箱に次々と入っていって、最後に蓋が”パタン”ってしまってしまうんだよ。その閉まる時の音ってそんな音じゃないと思うんだけれど・・・」と言っただけで、自分で表現方法を考えていい音を見つけることができました。
今日は臨時のレッスンでしたし、時間の限られている中でいい音楽にする事が必要だったので、ちょっとヒントをこちらから与えてしまいましたけれど、自分1人でそういう音楽作りの工夫ができるようになるといいですね。
機械的にぴっちり弾いていてもやっぱり相手に伝わってこない音楽は面白くないと思います。
 
これからは、自分で音楽のイメージを膨らませて、頭を使った練習すれば音楽が生き生きするわよ、というところで今日のレッスンは終わり。
今後は、自分からどんどん想像力を高めて素敵な音楽を奏でて欲しいと思います。
 
Mちゃんは、身長が大きくなって、すっかりお姉さんになっていて驚きました。
仏人のいいところと日本人のいいところだけをもらったような素敵なお譲さんです。
 
これからもMちゃん、頑張ってね!
 

音楽の第一歩

 
昨日はもともと持っている「才能」や民族による「天性」のような話題を致しましたが、「才能」がなくても「本当に好きでたまらない!」という気持ちにさせたなら、その子は進歩してあるところまでは到達すると確信しています。
 
私は、「教育」に大変関心を持っています。
偶然音楽に携わったので音楽教育に焦点を当てていますが、子供のころから大変「教える」という事が好きでした。
5歳下の弟を遊んであげる、と言っても年が離れていますから、する事というと、ボール遊び、ピアノごっこ、お歌、学校ごっこなどですが、必ず私が教師役で弟が生徒役になりました。
弟はピアノの先生について習いませんでしたが、当時私の使った教材を次々「ピアノごっこ」の時に進んで、ピアノの基本だけは遊びの中で理解しました。私の伴奏で童謡を歌ったので、自然に音程もでき正しく綺麗に歌えるようになりました。そのお陰で、高校時代ロックグループで活動するようになっても、それが生かされました。当時シンセサイザーを弾きたいために、指練習の教材まで独学でやっていました。クラシックだけが音楽ではないですし、こうやってこの時期に幸せになれたのは、ある程度の音楽の基礎を身に付けていたからだと思います。
 
音楽は、まず「好き!」と心の底から思う事、これが一番進歩に繋がると思います。
 
そして、楽器を教える先生は、とにかく”歌”が好きでなければ子供を引っ張っていく事は難しいと思います。
 
「ドレミ」をまずピアノに座らせて弾かすところから入るとどうなると思いますか?
まず弾くという動作、指を動かす事に集中するので、どうしてもキ―を押すという作業だけに終わってしまいます。
ところが、何度も綺麗な声で先生が「ドレミ」を歌って、それを口移しさせて、「ドレミ」がこんな素敵なメロディーなんだ!と理解してからピアノに向かわせますと心ある「ドレミ」になり、ただの音の羅列ではなく、そこにはその子なりの魂が入り込んだ「ドレミ」になります。
音楽には美しい流れがある、という事をピアノを弾く前に理解していますから、弾いていて気持ちがいいに決まっています。
最初からフレージングが意識しないうちに身に付きます。
どんな時もまず自分の音楽を頭で想像してから奏でていく、というところからスタートすると音楽は一生の宝物になります。
 
指を丸くして機械的で無味乾燥でしかない音楽よりも、指はまだふにゃふにゃで指ができていなくても、音に魂の入ったメロディーとして生きた音を出す事の方が重要なのです。
そのためにそれを意識さすための”耳”の訓練が必要です。
ヨーロッパで、「先生の仕事は、自分の耳で音楽を聴く事を理解さす事だけなんだよ。」とおっしゃる教授もいらっしゃいます。
 
私は大学時代に、当時は3歳からのレッスンというのは音楽教室ではなかったせいでしょか?3歳のお子さんの個人レッスンを2人お願いされました。
まだ20歳の頃ですから、もちろん暗中模索でのレッスンです。
ピアノのレッスンをお願いされたのですが、”歌”と”リズム”が中心のレッスンで、ピアノは少しずつ楽しく導入していきました。
その子たちは、2人ともK音大に入学し、1人はピアノ科でもう1人は声楽科と音楽の道に進みました。
 
子供のレッスンで怒った事はありません。いつも「楽しい」と思わせるレッスンの中で、色濃い充実したメソードで進めていけば、どんどん上達するものなのだと思います。
魔法のように、「音楽の夢の世界」に誘い込んでしまえばしめたものです。
やりたい!と思う気持ちにさせる事がまず最初に大事だと思いますが、”音楽”はただの遊びではありませんので、集中力が短い低年齢の場合は、短時間の中に沢山の事を学ばせなければなりません。
それは、先生のやり方一つなのだと思いますし、まずはそのための環境づくりが大切だと思います。
 
「音楽と関わって生きてきてよかった!」と思えるように、日々努力していきたいです。
 

個性

 
ここがフランス?って思うほど、パリには黒人やアラブ民族、東洋人、東欧人など地域によっては純粋なパリジェンヌとは言わないまでも、フランス人すらほとんど見当たらないところもあります。
 
メトロでも通る線によっては、黒人ばかりでアフリカかと思えるようなところがあります。
 
乗り換えのために降りた黒人系の多い駅のホームでのこと・・・
黒人グループがボンゴを鳴らして歌いだしますと、それを聴きながら自然と多くの人たちが体まで動かして一緒に楽しんでしました。
それを見て大喜びで2歳ぐらいの黒人の男の子が腰をふりふり音楽に合わせて踊っているのです。
バギーに乗っている妹もお兄ちゃんを見ながら楽しそうに体を振って喜んでいます。
 
何もリトミックのような音楽教育を受けていなくても大人の音楽に合わせて、上手に体が自然に動いています。
これがまたまた体が身軽で本当に上手なのです。すでにすごいオーラがあるのです。
私だけではなく、駅のホームでみながその子をすごい!って顔して眺めていますから興味を持ったのは私だけではなかったでしょう。
アフリカダンスを踊る黒人のミニチュアそのものなのです。
本当にすごい!と思いました。
まだやっと歩けるぐらいな子が何故そこまで自分でリズムに合わせて音楽表現ができるのでしょうか?
 
これは、やはり先天性のものなのでしょうね。
 
昔、幼時のリトミックレッスンをした時も、体ですぐ音楽表現出来る子と何をしても音楽に乗らない子とかなり差が合った事を思い出しました。
 
渡仏した頃に「ユダヤ人は歌がうまいのよ!」と仏友人から聞いた事があります。
その時はそうなのね、と思いながらも聞き流していたのですが、今双子のユダヤ人の生徒がいますが、ソルフェージュで歌を歌ったり視唱をしたりすると、音程はまだまだピッタリしないのですが、それでも声の出し方が発声など専門的な事は一切知らないはずの子たちが、澄んだ自然な発声で歌う事ができてしまうのです。
歌い方の素質があるという事ですね。
何でもそういう傾向というだけで、100%の人がそうというわけではありませんので、誤解しないで下さいね。
 
日本の子は、とにかく指が器用ですから、ヨーロッパの子よりもはるかに短時間で上手になるのは確かです。
表現豊かかというとまたそれは別なのですが、ヨーロッパにいますと東洋人の器用さは凄いものだ、と本当に感心します。
 
知り合いの家族が遊びにいらしても、全くピアノには目もくれずにサッカーボールを追いかける子もいれば、ピアノの事ばかり気になってピアノの蓋を開けるように催促したり、弾きたいという子もいます。
 
持って生まれた天性というのは、その子にしかないものなのでしょうが、もう一歳にしてその子らしさがはっきり出ていますし、興味を示すものをはっきり意思表示しています。
 
親も客観的に観察すれば、この子はどういうものに興味を持っているのかが自然と分かってくるのだと思います。
たとえば、音楽に興味があるか、スポーツに興味があるか、絵本やお話が大好きなのか、生き物が好きなのか、レゴが好きで創作意欲があるか、・・・等々。
赤ちゃんにして個性がはっきり出てくるものなのですね。
 
その子の興味あるものを身に付けさせていくことが、将来的にいいのかもしれませんね。
 

パン屋さん

 
今日はパリは雲ひとつない快晴です!
 
日曜日は、ほとんどのお店が閉まっていますので、ひっそりしています。
それでも、パン屋さんだけは朝早くからバゲット(フランスパン)を山のように並べて売っています。主食ですからどうしても必要なのでしょうね。
 
私は、ちょっとの事で幸せに感じてしまうお目でたい人なのですが、パン屋さんから出来たてのバゲットを買って、香ばしいあつあつのパンを食べると、それだけで幸せ気分になれて活力をもらえるのです。
香りと舌で感じるたったこれだけの事で、一日が元気でいれるような気持ちになれます。
 
「Pain au Chocolat(パン オ ショコラ)」は今では日本でもおなじみのパンですが、日本のチョコパンと言えば、以前は「コルネ」しかありませんでした。
Pain au Chocolat とは日本語で、単に「チョコレートパン」という意味です。
いつ頃から日本でも販売するようになったのでしょうか?
数年前に帰国した折に、「パン オ ショコラ」という名前を見て驚きました。
 
最近は、パンやお菓子などにはフランス語をカタカナにして売られている物が多いですね。
そういえば、「シュークリーム」は、仏語+英語で出来た和製外来語なんですね。
仏語だと「chou a la  creme」シュ・ア・ラ・クレム と言います。「chou」はキャベツの意味なので、丸く絞り出した形をキャベツに見立てて付けられた名前なんです。
フランスを観光していた友人は、「キャベツ」に見立ててつけた名前とは知らなかったようで、ケーキ屋さんに行って、凄い発見をした!と言っていました。
 
フランス人は、パンとチョコレートをとても相性がいいと感じている人が多いのです。
今は「Pain au Chocolat」を朝食やおやつに頂きますが、昔はおやつには、バゲットにチョコレートを乗せて頂いていたそうです。今でもそういう食べ方をする人はもちろんいますが・・・
コルネのチョコは柔らかいですが、Pain au Chocolat のチョコは普通のチョコレートを長く伸ばして中に入っていますから、味は確かに同じなのでしょうね。
 
ヨーロッパはパンの歴史は長いですし、フランスのバゲットの味はやはり最高だと思いますが、パンの種類は伝統的なパンだけを販売しています。
日本のパン屋さんの品数を見たら、フランス人は腰を抜かしてしまうでしょう。
調理パンの数もすごいですし、選ぶのにもこれだけ品数が多いと楽しいですが、どれを買ったらいいのか迷ってしまいますね〜
かわいい動物なんか食べるのがもったいないような・・・
 
ところで、ヨーロッパ アーティストの主催コンサート「宇宿直彰チェロリサイタル」のコンサートチラシがそろそろ楽器店などに置かれる頃だと思います。
今年は、「レ・クロッシュ」としてではなく、「宇宿直彰チェロリサイタル」ですが、ホームページをご覧頂けますと、ブログでパリでの勉強の様子や生活の事など分かります。
 
「レ・クロッシュ(宇宿真紀子&宇宿直彰)ホームページ」
 
では、今日はこの辺で〜


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