歌を歌ってあげましょう〜

 
パリ周辺には桜が多いのですが、今日は3分咲き〜5分咲きまで開いて綺麗なピンクが鮮やかでした。
 
今の服装は、寒いと思う人は冬のコートを着ていますし、春らしいと思えばちょっと寒くても軽装で歩いています。
 
日本に帰国して思う事は、若い方たちがとても身なりに気を配って綺麗にしているのが目につきます。
女子大の人たちは、フランスの学生たちの身なりとかなり差があると思います。
 
フランスは、18歳から成人ですので、その頃になると自立をはじめます。
それで学費も生活費もアルバイトで頑張る学生が多いので、身なりがとても質素です。
学生時代は、ジーンズにTシャツという人がほとんどです。
子供が成人になると、親は子育てが終わり、急に裕福になりますから、50代過ぎてから女性は、身なりも身に付ける物も豪華になります。
ブランド品を眺めているフランス人は、老夫婦が仲良く品定めをしています。
日本人は、若い女性が圧倒的に多いのですが・・・
 
ファッションに拘る時期が国によって違うように思えます。

まず赤ちゃん時代には、どこの国でもかわいいベビー服を着せていますよね。
 
フランスもとてもかわいいベビー服が並んでいます。
日本のベビー服と違うのは、日本はとても淡い色で赤ちゃんらしいお洋服が多いのに対して、フランスのベビー服は、ファッション性重視で、まだほとんど寝ている時期ですのに、一ヶ月用のお洋服からボレロ付きのしゃれたワンピースや大人っぽいイメージのお洋服が沢山出回っています。
色も右側が黄緑とオレンジの縞柄で左側は赤一色だったり、女の子は、ラベンダー色も多く、ちょっとおしゃれな感じの服が多いです。
一ヶ月用でボレロと組み合わせたワンピースなどあると、首が座っていないのに、どのようにこの着にくいお洋服を着せるのかしら?と不思議になります。
 
でも町でバギーに乗っている赤ちゃんを見ると、その大人びた複雑なお洋服をちゃんと着こなしているんですね。
それがよく似合うのは、どうもお顔が小さくてバランスがよく、色白だからなのかもしれません。
 
バギーに乗せて歩いているお母さまはもちろん幸せそうなお顔をしていますが、子供が何か訴えても知らんぷりしているママもいます。
小さい時期から何か訴えたかったり、単にお母さんの声が聞きたかったりすることもあると思います
 
赤ちゃんのファッションは、お母さんが”幸せ気分”を味わうのには必要な事でしょうが、もっと子供の表情をよく観察して、いっぱいおしゃべりしたりお歌を歌ってあげたらいいのになあ〜と思ってしまいます。
 
赤ちゃんを世話する、という感覚ではなく、赤ちゃんと一緒になってお母さんも楽しんで欲しいですね。
赤ちゃんはとても歌が好きですから、同じ歌を何度でも歌ってあげれば、有効な一日を送れると思います。
 
出産のあと、お腹を元に戻すため、美容体操に時間を掛ける事ももちろん必要でしょうが、何よりもお母さんが優しく自信を持って子供に歌って聞かせられるように生まれる前に練習しておくのがいいと思います。
そのための、「お母さんになるためのお歌教室」があれば、赤ちゃん相手の童謡などすっかり忘れてしまわれた方たちのために有効だと思います。

嬉しいことに、ママと赤ちゃんのための音楽鑑賞会も最近は増えてきました。
それはとてもよい試みだと思います。
しかし、赤ちゃんには身近のお母さんが毎日毎日数時間やさしく歌ってあげたらどんなに喜ぶでしょう。
言葉教育にもなると思います。
娘が10ヶ月の頃にはかなり単語が話せたのは、私が娘に向かって一日中歌かお話、又はおしゃべりをしていたからなのかな?と考えたりします。
 
お母さんが毎日毎日優しく歌い続ければ、必ず音楽好きで心優しい子になること間違えなしです。
 
育児期間を世界中のお母さんが自信を持って我が子に歌って毎日を過ごしたなら、育児ノイローゼにもならないし、親子の絆がずっとずっと続いていくような気がします。
 
歌で世界平和、歌で親子の絆が解決するように思えるのですが、そう思うのは私だけでしょうか・・・

サマーフェスティバルのアーティストたち!

 
パリは、あられが降っています。
かなり勢いよく音を立てていますが、どうも不安定な天候が続いていますね〜
 
今週は、「サマ―フェスティバル」のコンサートチラシをご出演下さるアーティストさんに発送しはじめています。
私は遠きパリに居りますので、人任せで申し訳ないのですが・・・
 
ご出演アーティストさんから、「素晴らしいチラシですね〜」とお声が掛かって”ニッコリ!”しています。
 
サマ―フェスティバルのご出演者は、音源とオーディションによって選ばれた方と、ヨーロッパ アーティスト側からの招聘アーティストさんとの合同フェスティバルとなります。
 
色々な音色を聴いて頂きたい!という思いがあったものですから、楽器の種類も多いです。
 
ピアノソロ、ピアノデュオ、ヴァイオリンソロ、ヴァイオリンデュオ、ヴァイオリン&ピアノデュオ、ヴァイオリン&チェロデュオ、チェロソロ、チェロ&ピアノデュオ、声楽(ソプラノ)、フルート、ホルン、テューバ
12種類の構成となります。
 
どのアーティストさんも力あふれる素晴らしい演奏をして下さると期待しています。
 
大勢のご参加は活気があって企画する事はとても楽しいですが、それだけ質問に対してのご回答が揃うのにも時間が掛かりますし、ここまで進めますのにははっきり申し上げて大変でした。
また資金面もですが・・・
 
でも、ご参加なさられる方たちが演奏だけでなく、とても心温かいいい方たちばかりなので、本当に今から主催者である私は、すご〜く楽しみにしています。
 
帰国の折、東京の電車の中で女子学生の会話が耳に入って、「この中に男子生徒がまざっているのかしら?」と思えるほど、荒い言葉の会話が聞えてくることがあります。
 
しかし、パリに音楽の勉強にいらっしゃる日本人留学生たちは、とても綺麗な日本語を使っていらっしゃるので、本当に嬉しく思っています。
 
今回”ご縁”があって、フェスティバルにご出演アーティストさんが決まり、メールで事務的なやり取りをしていますが、とても丁寧な言語でご返信下さいます。
これだけの事で、私はすぐ感激してしまうのです。
 
みんなみんな素晴らしい方たちなんだな〜と・・・
 
嬉しですね。
こうやって皆さんが一つの目標に向かって頑張って下さる事が・・・
 
私がもし財閥なら、頑張っているアーティスト全員の将来を保証して、安心して勉強させてあげたいんですが、本当に残念です。
 
それでも少しでも皆さんのご負担を少なくして、謝礼金を出してのリサイタルが出来るように出来るだけ努力していきたいと思っています。
 
「スズキ・メソード」創始者の鈴木鎮一先生の理念は、「音楽を通じて心豊かな人間を育てる事」を目的にした教育法ですが、本当に素晴らしいと思いますし、確かに、今回ご出演のアーティストさんを考えますと、当たっていますね。
 
実は、フランスで離れて生活していますと、「日本は変わった。教育も全く酷いもんだ。」と聞えてきまして、今の若い方たちの事をちょっと心配していました。
 
しかし、今回のご出演者に限っては、本当にみな礼儀がきちんとしていて、心あるメールのご返信に、何度も読み直す事さえあります。
 
「やっぱり音楽で人間は素晴らしくなれるんだ!」と実感しました。
 
音楽家でもオーケストラに所属なさられている団員の方たちは、人間との繋がりも密で「心の友」が見つかりやすいと思いますが、ピアニストが部屋でこつこつ練習している場合には、中々多くの音楽家と接する事も難しく、学生時代とは違ってきます。
 
そういう事を色々考えまして、自分の専門の楽器とは違うアーティストさんが、コンサートを通じ、心通う仲になれたら素晴らしい事だと思います。
 
そういう”ご縁”を大切にしたいと思います。
 
私は、教師生活が長かった事もあり、お節介過ぎる事もありますが、若者が大好きです。
そして、その若者は自分に絶望しはじめると、目が死んでいくことも何度も体験しています。
その目が死なない、希望に満ちた”目”を持っている間に、色々なコンサートチャンスに巡り合えれば、希望を持って、その若者の一生がとても素晴らしいものになると思っています。
 
アーティストは、サラリーマンのように会社のために頑張る、のではなく、自分のために磨いて頑張れば評価されるものです。
会社の場合は、時には裏切られる事だってありますが、自分を磨く職業は、自分さえ頑張れば必ず何か導いてくれるような気がします。
最後まで諦めないで歯を食いしばってやれば、必ず認めてもらえると信じています。
 
ですから、自分を磨いて、”自分の演奏によって他人を幸せにさせる事が出来る!”そういうお仕事につける事は、人間として最高の喜びだと思えてなりません。
 
私は、人間が好き、他人を喜ばせる事が好き、そして喜ばせる事で自分がたまらなく嬉しくなるようなおめでたい人ですが、いい若きアーティストに巡り合えたのですから、裏切らないように、コンサートの最後の最後まで諦めずにお客様集めのために時間を掛けたいと思っています。
この長いブログを読んで下さっている方、どうぞご協力のほどお願い致します。
 
折角の演奏を聴いて下さる人がいなければ、素晴らしいアーティストさんを評価してもらえませんから・・・

コメントから・・・

 
ブログをはじめて、1ヶ月と少しになりますが、はじめて「コメント」というものを頂きました。
今までそういう経験がないので、一瞬何かと思いました。
「fuyu」さんというお名前の方からでした。有難うございました。
 
これだけ、毎日音楽の事に触れてきましたが、最初のコメント「fuyu」さんからは、音楽の質問とか意見ではなく、昨日の最後のYahoo!ニュースの真央ちゃんの事でした。
 
実は、今日触れようと思っていた課題のことも色々入っていました。
 
「鐘」は、確かに真央ちゃんには不向きだったと思いますし、コーチがロシア人だったからラフマニノフを選ばれた事もあるでしょうね。
 
「fuyu」さんの、
「もちろん、苦手でも表現できなくていけません。」というのは、学生で課題曲を勉強している訳でもないですから
苦手なものを敢えてする必要はないと思いますし、真央ちゃんの顔(中味)そのものが出る選曲が大切だと思います。
ですから、私としても選曲ミスだと思います。
 
世界選手権での「怒りの表現」には、真央ちゃんの心の葛藤が外に現れてきたのではないでしょうか。
それだけ大人になった事だと思います。
 
私は、長年ロシア人の指導者と関わり、色々経験して感じた事があります。
ロシア国民は、体の奥にとても熱いものを持っています。
しかしその教育方法は、意外とその子自身を伸ばさないで、自分の思い通りにはめ込もうと意識的にまねをさせる教育が行き過ぎていると10年以上前に感じました。
 
もちろん、芸術にはものの見方を一つ変えれば、全く違った見方になる事もありますし、「不正」は多々あると思います。
しかし、私は「不正」とかそういうものはすべて抜きにして、単に演技を鑑賞して心の底で感じたことを素直に書いているだけなのです。
 
考え方は千差万別ですから、それを拒否なさられて全く問題ない事だと思います。
 
確かにロシア人全員が同じ考えのわけもございませんが、NHKドキュメンタリーを観たときに、私が頭を過った事と全く同じ線でタラソワコーチが語られたので、「やっぱり!」と確信した次第です。
 
私個人がオリンピックの演技を観て、キム・ヨナとの芸術の差を感じたのは、演技の中から強い光が出ているかどうかという判断です。
ですから、「不正」だのそういう段階で私は話しているのでは全くありません。
好き嫌いや好みがあるのは当たり前ですが、聴衆の目はごまかせないと思います。
 
人の解釈というのは難しいものですから、なるべく誤解のないように記載すべきですし、自分の意見を丁寧にきちんとの述べなければならないと反省しております。
 
「fuyu」さんが、2月27日のブログを読んで下さっていたら、何となく私の言おうとする意味がもっと伝わったかな、と思ったりしています。
 
真央ちゃんに表現力が何もなければ、もちろんここまで頂点にはいきません。
子供時代はとても明るくて溌剌として、伸びやかな表現力とが備わっていたからこそ、ジュニアでずっとフィギュアスケートのスターの座でした。そして、輝きある目と顔一杯で笑う笑顔がたまりませんでした。
私もかわいくて大好きで、彼女の演技になると釘づけになっていました。
だからこそ、ないものを早く自覚して、もっと羽ばたいて欲しいと心から願って、色々自分なりの分析をはじめたのです。
これは、真央ちゃんが好きだからこそ、そして乗り越えて欲しいからこそだという事をご理解頂けますと幸いです。
「銀」をもらって、申し分ない結果なのですから・・・
 
またまた音楽とすぐ結びつけたくなってしまうのですが、20年ほど前ですが、PTNA(全日本ピアノ指導者協会)の創設者である故福田靖子先生が、「何故小さい時には、『この子は将来凄いピアニストになるわ!大人顔負けの表現力があって、生き生きして上手!』と期待していた子が、中学、高校になると、昔のあの演奏は何だったんだろう?って思えるほど面白くない演奏するんだけれど、これってどういう事だと思う?」と聞かれ、帰国の折の会食時の話題になり、意見交換した事がありました。
確かにそういう生徒もいらっしゃいます。
 
たとえば、アメリカのハリウッド全盛期の時に子役女優として活躍した「テンプルちゃん」ですが、子供なのに、大人顔負けの演技!という事で一躍スターになりました。
確かに「小公女」を観ても、ちょっとした仕草、鳩に餌を撒いている姿をみて、子供なのになんであんな演技ができるのかしら?と思えるほどです。
大人びた振る舞いを小さな子役が演技しているのは本当に「天才!」だと思います。
でも、それは演技として指導を受けてするコピーではなく、その子から出るものなのです。
 
フランスの生徒の中にとてもおしゃれなかわいいお子さんがいました。
今は美少女に変身していますが・・・
当時5歳で、とてもフランス人形みたいにかわいい子だったんです。
その子は、毎朝香水をつけて幼稚園に行くのですが、ピアノのレッスンの日にうっかり朝忘れたらしくて、レッスンの前に、ちょっと香水をつけてからレッスンをはじめていいですか?と聞いたので、「香水で曲のイメージがよくなると思うから香水をふってからレッスンしましょう!」と答えました。
その姿をみて、もう驚きました。
フランス女性と同じ振る舞いをしているのです。
ちょっと綺麗に首を斜めにしながら、左右の耳につけている様子は、エレガントで絵になっていて、もう見ていてかわいくてうっとり・・・
そういう子は発表会でも身のこなしが素敵で見る楽しみもある程です。
同年の子で、足を広げてドタドタ舞台を歩いてきて、ピョコンと頭下げてピアノに向かう子とは動作すべてが違います。
 
ピアノを弾くレベルはほとんど変わらないなのに、何故生まれて5年という歳月しか経っていないのに、このように雰囲気が違うのか・・・これが個性なんです。
 
真央ちゃんは、演技力と表現力が本当に愛らしくて、伸び伸び素敵な演技をしたからこそ、みなから大喝采を受け、今の座があるのです。
 
先程のテンプルちゃんの話に戻りますが、最後の作品は脇役で病人役だったからという事もあるでしょうが、目の輝きを見て、そして演技を観て、あの天才子役女優のかけらも見つかりませんでした。
スターが落ちぶれてしまうと悲惨でかわいそうです。
 
優れている子役が親や指導者のコピーだけで演技をしていたなら、全く子役として残れないと思います。その子の内面に備わった想像力と表現力こそが演技を引き立てているのです。
本当に素晴らしい才能があるからこそ選ばれるのです。
 
子役スターの座を勝ち得るだけの、素晴らしいスター性と表現力がそこには身についているからなのです。
心の奥に秘めたものがダイヤなのか石なのか・・・という事なのでしょう。
もちろん必ず「運」も付き物ですが・・・
加藤清四郎君だってそうですよね。
大人みたいな演技!は、大人の演技ではないわけで、大人になれば、本当の大人の演技をしなければならないのです。中身で勝負です。
 
逆に、子供の時は誰からも「特別な子」と見られなかった子が、突如として思春期になって認められる事もあります。
それは、子供なりにずっと生きてきた証、たった15年の生きざまが光って、誰からも愛される「光った人」になれたからなのだと思います。
ですから、特別の才能がある人は、神から選ばれて、この地上に生まれてきたわけですから、どうしてもないものを補って、もっともっと羽ばたいて欲しいと願ってしまうのです。
真央ちゃんは選び抜かれた子ですから・・・
 
最後に・・・
 
16代アメリカ大統領のリンカーンは、「40歳になったら、人は自分の顔に責任を持たねばならない。」と言いましたが、小学生の時にはじめて聞いた時は、何の事か理解できなくて考え込んだ事を覚えています。
少し成長して、「人間は、前向きに頭脳をフル回転させて、努力しない限り、魅力ない悪い顔になってしまうのだ・・・」と理解できるようになりました。
 
自分の顔に責任が持てるように、もっともっと頑張らないと!

スカイプ電話で安心!

 
皆さん、ちょっと私の文章は長すぎて疲れてしまうのではないかと思います。
書き綴っていますと、ついつい量が増えていってしまいます。
簡単に読み流せる量を心がけたいと思っていますが、昨日は長すぎました・・・
反省しています。

私はおしゃべりですから、国際電話料金が高い時期は本当に大変でした。
特に子供たちが小さい頃は、海外で暮らしていますと、孫の顔を見れない親たちに、せめて電話で日常の事なども話してあげましょう・・・と思い、両家に電話をして長々と話していました。
時には、子供たちの誕生日に、日本から誕生日のプレゼントと共に、はなむけの「詩」が届くと、それにバックミュージックをつけて、受話器をピアノのところに運び、私はピアノ伴奏、誕生日の本人が詩を朗読して感激させてあげたり、フランスのコンクールに優勝したという知らせと共に、受話器を向けて優勝した曲を聴かせたりもしていました。
フランスの詩や童話や日本の教科書が上手に読めるようになると聞かせていましたが、学年と共に長くなってきたので、電話料金が大変だ!、という事でカセットテープをしまいには送る事の方が多くなりましたが・・・
 
「フランステレコム」から当時数万円の明細書が届くたびに、「今月もひど〜い!」とその時はちょっとしょげますが、それでもこれしか”親孝行”は出来ない、と思い、ずっと続けていました。
 
今はその点、国際電話も安くなり、「スカイプ」を利用すれば、いくらでも掛けられます。
私のようなおしゃべりには本当に有難いです。
 
昨日までは冬時間でしたので、午後11時から0時までが忙しい時間でしたが、今日からは
0時から午前1時までが日本との連絡時間です。
 
まずは、午後11時(日本時間翌日午前7時)〜11時20分に今日本にいます夫と出勤前に話し、次は実母がスカイプの点ける時間ですので、それから11時40分までおしゃべり、そしてそのあとは娘と0時過ぎまで続きます。”おはよう”の挨拶です。
だから離れていても、私のパリの生徒たちの事まで全部日本の家族は把握しているんです。

今日からは夏時間なので、この毎日の電話サービスが午前1時まで続きます・・・
日本時間の夜も毎日家族とのやり取りが続きますから、うっかりすると2時間以上もスカイプ電話をしていることもあります。
とても遠距離で生活しているとは思えません。
母は89歳にして、パソコンを持ち、毎日スカイプで私との会話を楽しんでくれています。
スポーツ観戦好きでもあるので、パソコンで情報をキャッチしています。
 
「ヨーロッパ アーティスト」のブログの事は内緒にしていますが(笑)
勝手に立ちあげて、年老いた親の心配の種になってもかわいそうですので〜
 
今の時代は本当に便利ですね。
滝廉太郎さんや1882年生まれのピアニストとしてヨーロッパに渡った久野久さんの時代とは大違いです。
三善晃さんの時代でもやはりパリ生活は大変だったそうです。
 
1980年代は、日本の情報が途絶えてしまっているような時期もありましたが、パソコンの
お陰で、パリにいても、日本の事がYahoo!ニュースから情報を得る事が出来るようになりました。
 
今日のニュースから一つ・・・
 
「浅田はフィギュアスケーターとして必要な資質のすべてを持っている選手だ。しかし今シーズンはトリプルアクセルを作戦の中心に置き、超人的な努力を重ね、五輪では3度成功。 しかしやはり今の浅田のスケートには、フィギュアスケートとしてまだ足りないものがある。ジャンプもそのほかのエレメンツも「技術」としては完ぺきに近いが、「氷の上で自分を表現する、何かを表現する」というフィギュアスケートのもうひとつの大切な部分が、まだ少し足りない。いや足りないのではなく、それができる力を持っているのに、必要であることに気づいていないのだ。」

この記事をご覧になって何を思いましたか?
 
フィギュアスケートは、芸術面もとても大切なスポーツですから、音楽に似ていますね。
 
私も真央ちゃんのインタヴューを聞くたびに、「才能溢れた子なのに、何故自分で作り出す表現力が大切だという事に気づかないのかしら〜」と思っていました。
今日のニュースで、やはり同じ意見を持っている人はいるのですね〜
真の”芸術”を目指して欲しいです。
 
真央ちゃんのフリー演技のラフマニノフ「鐘」でタラソワコーチが激しい気持ちを表すのに、「右ほっぺと左ほっぺ」をたたくように指導なさられている練習風景がNHKのドキュメンタリーで放映されていましたが、一つの動作が、本人からの発想で出ている事なのか、それとも他人から指導のもとに動いているのか、その違いは一目瞭然です。
私には、何かそういう鋭い勘のようなものだけはもともと備わっているみたいです。

体の中からこういう演技をしたいという強い願望があって、その思いが詰まった情熱を燃焼させて出てくる演技が本物だと思っています。
アーティストは、演技が演奏に置き換えられただけです。

自分の演技だけで4分間演技が繰り広げる事が出来たら、大切な課題をクリアーした事になります。
もちろん、コーチなしという事ではなく、高い水準を保つためにはコーチなしでは無理です。
しかし、自分の勘と創造力は絶対に人任せでは解決できるものではないのです。
スープのこくとうま味を自分で出したあと、塩とこしょうの加減をコーチに調節してもらったらいいのではないかと思います。

練習は大切な事ですけれど、”芸術の美”を心の底から感じる事が出来たなら、必ず成功すると思います。
もし、「何をしたらいいのか分からない〜」という事でしたら、手始めに楽器をしたり、コーラスに参加して、心の奥の奥を燃焼させる事を体得するのが一番かもしれません。
一体今自分は何を表現したいか、が見えてくると思います。

芸術の美を感じる能力を身につけるためには、ブログで話題にしているような、シューマンが持っていた空想力の他、感性、思考力、想像力、そして、岡本太郎さんのような創造力こそが
大切なんではないでしょうか。
人間のこういう底知れぬ才能が何よりも好きな私です。
 
折角素晴らしい才能に恵まれて生まれた真央ちゃんですから、自分のやりたいように体いっぱいで思いっきり表現して、そして、益々素晴らしい演技をしてくれる日を楽しみに待っています。

言うのは簡単なのですが、自分に無いものに気付き、それを改革する難しさはよくわかります。
でも、とにかく挑戦して欲しいですね!だって天才少女なんですから!

フランスの音楽教育

 
今日から夏時間です!
日本との時差は7時間になります。
フランスでも一時期は夏時間をやめよう、という動きもありましたが、結局ずっと続いています。

家中の時計を直さないといけないので、面倒な事もあるんです。
渡仏して間もない頃は、コンサートの時間をまちがえて、一時間外で待った事もあったし、逆にバスティーユのオペラ座で「カルメン」を観るのに、うっかり遅刻した事もありましたが、さすがにこう長くなるとそういうドジもしなくなりました。

急に日照時間が長くなってきましたから、旅行客にとっては、一日たっぷり散策できるようになりましたからいいですね。
パリって不思議なのは、ちょっと仕事でセーヌを横切るだけでいい気持になれますし、トロカデロの駅に出ると、エッフェル塔をシャイヨー宮から眺めてみたくなります。
用事もないのに、シャンゼリゼ通りに出てみたり・・・

ところで、昨日はフランスのよくない例をあげましたが、文化をはじめ、素晴らしいところも見てあげないとかわいそう
です。
歴史的建造物は何と言っても素晴らしいと思います。

今日はちょっとフランスの音楽教育について書かせて頂きます。
 
音楽教育については、私としては両国を混ぜ合わせたものがいいのではないかと思っています。
 
フランスでいいところ・・・
それは、教育の”教”でなく”育”を行う教授が多いように思われます。
育てる為の手助けをするけれども、教え込もうとはしない、というところです。
前に、「天才を待つ国」と言いましたが、真にそれが強いと思います。
 
将来自分を見失わないで羽ばたけるように導いて行くような教育は、とても優れていると思います。
 
これは但し結果が出るのに時間が掛かりますから、今の時代のように「コンクール」が年少者程受賞しやすい時代には向きません。

私は、冷静に”教育”を考えてみますと、慌てて上手にしていかなければ間に合わないような教育方針はどうも賛成出来ません。
しかし、フランスの音楽教育は遅すぎると思います。
 
2007年に他界なさられた、チェリストのロストロポーヴィッチは、パリの市庁舎での祭典でロストロ・ポーヴィッチコンクール会場を何故パリにしたか、をお話なさいましたが、その言葉がとても印象的でした。
彼はロシア人です。
ロシア人は、情熱的で熱いものを持ち合わせている国民ですから、とても芸術に向いていると思っています。
その彼が、「全世界でフランス人ほど音楽に向いている国民はいないと思います。フランス人が奏でる音楽は、優美で繊細そして感性があります。ですから、”パリ”が私のコンクール会場としては最高の場所だと思います。」と演説なさられました。
 
それだからと言って、フランス人がコンクールに受かるというのかというとそうではありません。
やはり賞を取るのは、ロシア人や他国籍の人たちなのです。
でも、第一次予選から聴いていますと、確かに”味”の面では、素晴らしい人がたくさんいると思います。
教授は教え込まないで、生徒は、全く自然体で自由に音楽を奏でますから完璧ではなく、コンクールのような減点法にはどうしても勝てません。
私もフランス人の奏法と歌い回しをこよなく愛していますし、ロストロポーヴィッチのおっしゃりたい事がよく理解できます。
パリの市庁舎での祭典の時にロストロポーヴィッチがフランス人を褒め称えましたら、フランス人はおっちょこちょいですから、「ワオー!」と大歓声が起きました。
やはりどこの国でも自国を褒められる事は嬉しいことなんですね。
 
フランス人の演奏は、紛れもなくその人の演奏であり、アーティスト本人からの味が出てきますから、とても豊かな音楽性であると思うのです。
自分のものは自分のものですから、誰からも取られる事はありませんが、幼時期から無理に先生のコピーすることに精を出しすぎますと、あとで問題になることもあると思います。
賞を取る事だけを目標として、目先の事だけに振り回されてしまいますと、どんどん自分の良さを失ってしまうこともあるように思えます。
 
フランス子供コンクールでも1人1人自分の解釈で弾きますから、課題曲でも驚くほど違います。
それでいいんだと思います。
でも、その音楽の中にその子の魂がちゃんと乗り移っていますから、その子がこのように弾きたいんだ、という自己主張があるから、聞いていてまさに”その子の音楽”が伝わってくるのです。
 
子供のコンセルヴァトワールのオーディションをもし日本の音楽教師たちが聞いたなら、「これがコンセルヴァトワールの生徒さんの演奏なんですか?」と首を傾げると思います。
正直言って、まだまだ未完成なところが多々あり、日本のきちっと弾いている子を見慣れている先生でしたら、「これがフランスの音楽教育なのですか?レベルが低いんですね〜」と驚かれるでしょう。
 
しかし、この子はオレンジ色に表現していて、あの子はブルーで表現していて・・・とはっきり自分の音楽の色が出ていて、本人は満足しきって自分の演奏を披露していますので、本当に心から楽しめる演奏会をしてくれるのです。
まだまだ下手なのに潤いがあって、魅力的・・・というのを想像できますか?
ミスタッチだらけなのに、音が光っていて何を表現したいかが伝わってくるから、楽しいんです。
1人1人の解釈が違うので、この先生のお弟子さんという事が分かりづらいと思います。
 
”教育”とは本当に難しいですね。
先生たちは、わざと嫌がらせしようとして生徒に教えているのではなく、みな自分を信じて、生徒の向上を願って教育していらっしゃるのです。
しかし”教”に傾き過ぎている傾向にあるように思えてなりません。

人間は商品ではなく、1人の生きている人間ですから、パソコンの性能をどんどんよくするのとは違い、その子の生まれながらに持った感性をそのままにしてあげて、ゆっくり正しい道に導いてあげたいと思っています。
どんどん教え込みをした方が、親御さんにもわが子の進度が速いので喜ばれますし、結果がすぐ出ますから本人も一時期は満足してしまうのですが・・・
 
しかし日本からの留学生がパリにきて、「フランス人より弾けているのに何かが違う。」と感じてからノイローゼになってしまったり、「日本の先生の方がずっと丁寧に教えてくれたし、フランスの先生ってすごい大雑把だから・・・」と不満を持ったり、「もう十分弾けるんだから君はまず遊ぶことが必要だ!」なんて急に言われても困惑してしまう学生さんがいらっしゃいます。
「遊ぶ」という発想についても先生は美術館や観劇などを思っておっしゃっているのですが、日本で出来なかった「テレビゲーム」を購入して遊んでいる留学生もいました。

留学生の中には、「フランスの先生は、細かく教えないから翌週まで何をしていったらいいのかわからない。」という人が多いです。
言葉のすべてを理解できないですから難しい、という事ももちろんあるでしょうが、先生から何か与えてくれるものを待ってもダメです。自分から質問するなりしなければ、あまり細かい事をおっしゃらない先生もいらっしゃいます。
でも、曲のイメージなどが違っている、と思われると、その曲の描写とかとても楽しく語って下さいます。
しかし、これは言葉の壁があるとそう簡単には理解できませんね。
道を尋ねたり、お買いものの会話とは違いますから、難しいとは思います。

優等生で指回りがよくても、将来的には、それよりも、その子の生い立ちから出る感性と思考力、想像力、空想力、思想・・・それと勘などが実は一生を通じて演奏家としてはとても重要な要素だと確信しています。
 
”ゆっくり教育”ですとコンクールなどはまず受からないんです。
しかし、30代、40代で世界的には無名の
アーティストが本当に美しい演奏を聴かせてくれることがあります。
ずっと”音楽の本質”を追い求めて、コツコツ勉強に励んでいる姿が見えてきます。
 
これはあっぱれな達者なアーティストにはない、頼りないナイーブなシルクのような音色なのです。
 
亡父は”すみれ”をこよなく愛していました。60年位”すみれ”と付き合っていたんではないかと思います。
「三色すみれももちろんかわいいけれど、パパは、この淡い頼りなくて優しい”すみれ”が大好きなんだよ。」と言っていました。
 
その時はあまり深く考えませんでしたけれど、何となく綺麗さにも色々あるんだな〜と、その言葉を思い出す事があります。
 
皆さんも自分の好きな音を見つけてみて下さいね。
有名アーティストでも無名アーティストでもいいんです。
自分にぴったりの、今の自分が求めているアーティストが必ずいると思いますから・・・
”技術”は指ではなく耳しかないんですから〜

フランス人って?

 
昨日の事件で、Tさんという方は4ヶ月にしてフランス人に対して不満をもってしまったようですが、本当に国民性というは、各国違います。
「売り子やレジが無愛想で不効率」と書いてありましたが、確かに日本のようにきちんとした国から来るとイライラする事が多いと思います。
本人たちは、ずっとその伝統で生活しているから当然だと思っているのですが、日本人にとっては、許せない事が多々あるでしょうね。
スーパーのレジに並んでも、レジで仕事はしているのですが、隣のレジの人とおしゃべりしたり、私の品物見て、「これってどうやって食べるの?」と聞いてきたり、値段が分からない商品があれば、「ちょっと待ってね!」って値段を確認に行って、全然戻ってこない・・・と思ったら品物を整頓している店員さんと立ち話していたり・・・と。
小切手でお買いものする人って結構時間が掛るのですが、レジの人は、ポケッとサインするのをながめているんですが、さっさと次のお客様に進めて下さってもいいですよね〜

そうそう、日本を絶対に見習って欲しいのは、まずレジで品物の値段を払ってから、かごを袋にいれるために日本は品物入れの場所に移動しますよね。
ところが、フランスは品物入れる場所はなく、レジで値段を打ってもらった品からその場所で袋に入れるんです。
私はレシートが出た時点で、すぐ支払いをまず済ませますが、図々しいおばさんは、袋に全部荷物入れてからでないとお金を払わないんです。
レジの人もその時間ポケッとできるから、コーラ飲んだりして、その人が荷物入れ終わるのを待っているんですから、もう何もかも待たされっぱなしです。
そういう呑気な人種なんだ、と思って生活しなければ、仕方ないです。
その代り、入れるの手伝ってくれるような親切なレジのお姉さんもいるのでが・・・
 
今は仏国鉄(SNCF)もネットでチケット販売してもらえるので楽になりましたが、パソコンが普及する前は駅の窓口に行って、チケットを購入しなければなりませんでした。
1時間ぐらいは覚悟しなければなりません。
番号札を持って待っていても一向に順番が回ってきません。
特に春になるとその混みようはただ事ではありません。
それはそのはず・・・
窓口の職員に夏のバカンスの家族旅行にどこへ行くのがお勧めかしら?と尋ねているんです。
「そうね〜私なんかプロヴァンスが好きだけれど、涼しいところがいいんだったら、やっぱりアルプスかしらね〜」と自分も話しに加わって楽しいそうな顔して話しているんです。
今度は時刻表を見せてもらって、「どの時間にしたらいいかしらね〜」と窓口で決めようとしているんです。
 
それについて仏友人に何故職員は急ごうとしないのか、何故後ろに沢山待っている人がいるのに平気なのか、を尋ねてみた事があります。
 
職員は、とにかく窓口に座って時間内仕事をすればいいんだ、としか考えていないから、せかせか忙しく働くよりも、相談受けたら、それの方が自分も楽しくて楽だ、ぐらいにしか考えていないのよ。
そして、「待たされる」という事に仏人は慣れているけれど、その変わり順番が自分に回ってきたら、鬼の首でも取ったみたいに、今まで散々待たされたから、そう易々とは帰らないわよ、という感じで、長々と居座ってしまうそうなのです。
 
それが分かってから、もうバッグには本を持って、番号札を持ちながら、電光掲示板の番号を時々確認しながら読書して慌てないで待って、自分の番になったら、日本の時のように後ろの方を待たせたら悪い、などとも思わないようにして、間違えのないようにゆっくり行動を取る事にしました。
 
まさに、「郷に入っては郷に従え」だと思います。
風俗や習慣は、国や土地によって違うのですから、その土地に行ったら、そこの風俗と習慣に従って生活しなければ、絶対にうまくいかないと思います。
 
昨日のT子さんが「病院も郵便局も、どの窓口も仏語が出来なければ邪魔者扱い」と言うのは仕方ない事なのかもしれません。
言葉が通じないでもたもたしていると、相手は機嫌を悪くしてしまうのは当たり前ですし、すぐ顔に出してしまう人種ですしね。
日本人のように我慢強くないという事と、お客様へのマナー教育は全くなされていないからです。
 
これの解決法は、ニコニコ笑顔作戦しかないんです。
外国人だ、て言うだけで憂鬱な顔する人もいますので、待合室に座って待っている時から、窓口の人が「あの人何かしら?私の顔見て、バカみたいにニコニコばっかりしているけれど??」って言うぐらい意識的に”次は私ですからよろしくね!”みたいな感じで、まず、いい印象を与えておく事ですね。
そして、窓口に立ったら、「申し訳ございませんが、私はまだ仏語がよくできないので、ゆっくり話して下さいますか?」って仏語でお願いするしかないのではないでしょうか。
そして、それを言ったあとも、とにかく申し訳なさそうな顔して、笑顔だけは絶やさない。
何となく”この人わけなく笑って何か気持ち悪いけれど、まあ変わった面白そうな人だから相手になってあげましょう。”って親切にとまではいかなくても、応対はしてくれる可能性は大です。
こういう時は、Mr.ビーンに登場してもらうといいかも・・・

それでも怖い怖い顔して何しても睨みつけているような職員もいますが、これは”たち”ですからどうにもならないです。
愛想がいい人と悪い人は、どこの国にだっていますものね。
 
それでも、東洋人の中では日本人だという事でかなり待遇はいいです。
発展途上国の人たちはもっともっと待遇が悪くて悲しい思いをしている人がいます。
賃貸アパートの場合でも、日本人にはあっさり貸してくれても、ロシア人だというだけで「あやしい人種だから嫌よ!」と断られて憤慨していた露友人がいました。
 
その点、音符は、言語と違って万国共通ですからいいですね〜
 

パリ日本人会新聞の記事から

 
今日は珍しく夕立のような雨が降り、しばらく出先から帰れなかったですが、今はすっかり雨が止み緑地が鮮やかな色合いを見せていました。
 
パリには「日本人会」があって、2ヶ月に一度「日本人会新聞」が届きます。
もちろん会員になっているからのですけれど。
 
今日、3,4月号が届きました。
連載の医療講座では、精神科医でカウンセラーの大田博昭先生が色々な日本人の患者さんの事を取り上げていらっしゃいます。
 
30代前半の主婦のT子さんとなっていますから、私と同時期に渡仏しています。
半年前に夫の出向に同伴してフランスにきたそうですから、同伴も同じですね。
憧れのフランスで、しかもパリだということで張り切っていたそうなんですが、来仏後、4ヶ月が過ぎて慣れた頃に、人々がギスギスしている事に気づいたそうなんです。
パック旅行で来た時は終日「エレガントなパリ」を満喫しましたが、実際に住むようになって、「日常のパリ」に接するにつれ、売り子やレジが無愛想で不効率、病院も郵便局も、どの窓口も仏語ができなければ邪魔者扱い・・・そんなある日、友人宅に訪れる際、駅の自動販売機でモタモタしていたら、3人組に襲われてバッグをひったくられ、追いかけたものの階段を踏み外して転落し、肩の打撲と左手首の捻挫だったそうなのです。本当にお気の毒ですね。
クレジットカードを止めたり、パスポートの再発行、保険会社に被害の払い戻し請求・・・
その後、悪夢、動悸がしたり胸が苦しくなったりで、結局病院に行かれたという内容のものでした。
 
本当に人間って些細な事から崩れてしまうのだと思います。
仏病院では「うつ病」、この記事を書かれている大田先生は、「自律神経失調症状」と診断なされたそうですが、どちらにしても大変な事になってしまったと思います。
 
事故が起きなくても、海外生活って憧れで最初はいらしても、神経症やうつ病になられる方は本当に多いそうです。
子供の教育から母親はノイローゼに掛かる事が多く、母と子は日本に戻り、父親だけの単身赴任になってしまうご家庭も多いですね。

折角ならそうならないうちに、コンサートに通って、頭と気持ちを落ち着かせることができたならよかったのに、と思えてなりません。
パリでしたら、オペラもバレエも身近に観れますし・・・
 
私のように図太く生きている人でも、子育ての時期はやはり大変だったと思います。
でも、私たち家族は、旅行好きの音楽好き!4人ともが楽天家!
これがノイローゼにならない秘訣だと思います。

折角ヨーロッパにいるならと、この25年の間に20ヶ国以上回り、その土地土地で楽しみ、教会ミサやコンサートに通いました。
私のジェスチャーは世界万国共通のものですから、言葉よりも相手に伝わって仲良くなってしまう特技があるんです。
そして持ち前の想像力と空想力で結構勘が的中することも多いんです。
その分、めちゃくちゃ語で各国を平気で旅していますが・・・
 
やはり人間って心配になったりくじけたり、脳みそが優れているからこそ、色々な事を考えてしまいます。
人間はとても弱いと思います。
なるべく苦しい事は考えずに、楽しい事だけを考えて生きていけるといいですね。
 
そのためにも、やはり楽しむための想像力と空想力が大切だなあ〜と思います。

伝統芸術を大切に・・・

 
このまま寒さが戻らないで春になって欲しいと願っています。
庭にも小鳥が顔を出して遊んでいってくれるようになりました。
 
パリの街並みも一気に観光客が増えて、市内観光バスにもたくさんの人が乗っています。

ところで、コンサート会場には、パリでもご年配の姿が目につきます。
先日、サルガボーの会場の前には、白髪の方ばかりいらしてちょっと驚きでした。
でも、老夫婦が仲良く会場に向かう姿って素敵でとても絵になりますね。
 
おそらくパリでもあと20年もすると、コンサートに足を運ぶ人たちがぐんと減ってしまうような気がします。
いつも席について周囲を見渡しても、7割はご年配の方なのです。
今の時代の忙しさから解放されて、コンサートは最高の時間だと思うのですが・・・
もちろん、余暇の楽しみ方なんて自分の好きな事をすればいいんですから、コンサートだけではない事は分かっているんですが、一生懸命、コンサートが消滅しないように何か考えたい気持ちになります。
 
東京からアルザスに移り住んで、まず歩き方が変わってきました。
優雅に川のほとりをお散歩するご夫婦を見るにつけ、”優雅な歩き方”に憧れました。
そして自分でも意識して、時には何となく優雅っぽく歩いたりしていました。
それから、15年後にパリにくると、速度が東京程ではないですが、皆の速度が都会の足並みなのです。
 
音楽の流れも歩調と関係があるのでしょうね。
時代がせかせかして忙しくなると、音楽も賑やかで速度もはやいものが好まれるという事なのでしょう。
 
宮廷音楽の頃の歩き方と現代とは違うように、音楽の速度の感じ方も随分変化していると思います。
 
以前に、古楽を専門の方と話したら、その方は、音楽でも”古楽”にしか興味がなく、古楽器のコンサートにしか行かないし聴かない、とおっしゃって、そこまで古楽器にしか興味のない方にはじめて会ったので驚きました。
しかし、何かその人から出てくるもの、話しかた、素振りが、確かに今の人とはちょっと雰囲気が違って、リュートを専門だったのですが、古楽器が本当にマッチしていたんです。
そういう人は、何か取り残されているっていうのではないけれど、現代の中で生活するのに抵抗があって、息苦しいのではないかしら?と余計な心配をしてしまいました。
 
それでも、お話していると何かとても深いものを感じて、今の人にはない素敵な魅力と伝統文化がその人から伝わってきて、これからの人たちも、伝統芸術や伝統芸能を大切にしていきたいな〜と心から思いました。
“文化”って本当に人間国宝だと思います。

音楽の聴き方!

 
昨日はアーティストはワインにならないと!っていう事でしたが、聴き手も上手か下手かによってコンサートの盛り上がり方が変わります。

得する聴き方と損する聴き方!
もちろんレベルそのものが低い演奏の場合は、必ず聞き手が”損”をしてしまいますが・・・
 
以前、終演後にホールの扉から出てきた2人の会話が聞えてきたのですが、「楽しかったよね〜綺麗な音だったし、私の好きなタイプだった。好きな曲沢山演奏してくれたしね〜」と満足して話していると、もう一人は、「私ってミスタッチ探すのすご〜く得意でしょう、結構あっちこっちやっていたよね。」と・・・
後者は折角お金と時間を掛けてコンサート会場までいらしても、そういう聴き方だけにしか興味がないというのは、随分かわいそうな方だと思いました。
後者はミスタッチ探しのためにコンサート会場に足を運び、指折って数えていても何か時間の無駄しているように思えます。
自分の勝手とはいえ、何か空しすぎますよね。
お客様の聴き方には点数などないですが、それでも聴き方のマナーはあると思います。
演奏中に椅子から立たないとか、飲食禁止とかとは別に、まるで宝探しみたいに、ミスタッチ探しに精を出し、
間違えると「フフーン、また間違えたわね〜」などと考えているとしたら、その人に向かって、とても心貧しい聴き方をしていることを気付かせてあげたいです。
「もっと楽な気持ちで音の世界に飛び込んで楽しんだ方がご自分が幸せになれますよ〜」と耳元で囁いてあげたい気持ちになります。

「空想は知識より重要である。知識には限界がある。想像力は世界を包み込む。」
簡単に言うと、「想像力は知識よりも重要である!」って言う事ですが、誰の
格言?
アインシュタインですよね。

頭脳の知識よりも想像することの方がずっと大切なんですよ。
知識が邪魔しているなら、変に知識なんてつけないで、想像だけに任せて聴いた方がずっと楽しく聴けるはずです。

演奏がはじまったと同時に、すぐ空想の世界に飛び込むこと、完全に音楽の世界に没頭すれば、それでいいのです。上手な聴き方はこれしかないです。
そうすれば、後ろからプログラムのめくる音が多少聞こえてきても、音楽に没頭していれば、気になりません。

ガサガサ音するのは迷惑ではありますが、ちょっとの音で怖い顔して、ジロジロ睨みつける人が時々見受けられますが、これも本当の聴き方を知らない不幸な方だと思ったりします。

もちろん非常識な音は皆さんの邪魔になるから困りますが、自然にちょっと椅子を座りなおしたらキーっとなってしまった、というだけで睨み、カタって音がすれば睨む、結局キョロキョロしてばかりいて、全く集中して聴いていないことが分かります。

そんなのって、本当にバカバカしいと思います。
そんなにイライラするなら、自宅のサロンで一人静かにCDを聴いていた方がいいですね。

そういう人に睨まれた子供はどういう反応を示すでしょう・・・
次回のコンサートの時に、ご両親が誘っても「行きたくない!」って言うに決まっています。
隣に座っていた怖いおじさんからちょっと椅子をカタっとしただけで睨まれたら当たり前ですよね。

そういう人がいる限り、ホールの客席全体の空気が明るく輝いた場所にはならないのです。
首をあっちに向けたりこっちに向けたりする人がいると、首を押さえてあげたくなります。
演奏前の注意事項に、携帯のマナーモードの注意と一緒に、首を動かさないこと!の注意もしたほうがいいかも知れません。

折角いい音楽聴いているのに、妨害だと思います。
没頭して聴こうと思った時に、もし周囲にあっち向いたり、こっち向いたりする人がいる時には、自分の世界にだけ気持を集中しようと思って、すぐ目を閉じます。
キョロキョロ人間は迷惑なのに、自分のことを棚に上げて、「今日はなんか前にチビちゃんがいて落ち着かなかったわ。」なんて言っていますけれど、実はその周辺の10人以上の人が、その人の首の動かしとため息にうるさくて集中することが出来なくて迷惑していたんですよね〜
自分が一番迷惑なのに、それに気付いていない人なんですから、困ります。
舞台を歩くアーティストを追うための首動かしは、もちろん温かい空気にしていますから、大歓迎です!

とにかく、コンサートでは演奏する人は”ワイン”で、お客様はワインを客席でゆっくり香りを嗅ぎなら飲んで下さればいいんです。
それをワインの中にコルクの屑が落ちていないか探したり、このワインってちょっと安物みたいね〜とか余計な事は考えずに、心行くまで楽しむ事だと思います。

アーティストは、心から歌い楽しんで弾く”ワイン”の役目、聴き手は、その演奏のワインに酔って、たまらなく心地よくなる、っていうのが音楽を楽しむ秘訣であり、理想だと思うんですが・・・
 

アーティストはワイン!

 
いいお天気が続いています。
真っ青な空に眩しい太陽、とても気持ちがいいです!
 
「ヨーロッパ アーティスト」では、「サマ―フェスティバル in  すぎなみ 2010」を企画しまして、多くの方たちに出演して頂けるのをとても楽しみにしています。
 
本番を迎える事は緊張はしますが、やはり音楽家にとっては一回一回が貴重な体験ですし、楽しいひと時であって欲しいと願っています。
 
先日、出演者たちに、”是非沢山のお客様にお声掛けして聴いて頂きましょう”というメールを出しました。
 
コンサートが食事や睡眠のように、日常的になって欲しいと願っています。
そのために、質のよい楽しいコンサートを目指さないといけませんが、劇団の場合は、沢山の出演者たちが役になりきって、演技をしていきます。
オペラも同じで舞台稽古に結構時間を費やしてします。
昨日のシューマンの空想力の続きのような話ですが・・・
 
考えてみますと、楽器の人たちって舞台に立った自分を意識して、お客さんの気持ちを考えて本番を迎える人って、とても少ないと思います。
きちんと弾く、という事だけに神経がいきすぎるのかもしれませんね・・・
 
漫才ではありませんから、コンサートで笑わせる事を目標にするわけではありませんが、クラシックコンサートの枠の中で演奏者本人から出る魅力やオーラ、そしてそこから引き出す素晴らしい演奏効果で、「また絶対にこの人の演奏を聴きに行きたい!」って思わせる事が一番大切なのだと思います。
 
オペラ歌手たちは、声楽の勉強の他に、歩き方から役の立ち振る舞いや社交ダンスなど舞台人の基本を学んでから舞台に立つように、楽器の演奏者もそういう点で今の時代にあった、心弾んで生き生きと弾けるような魅力を作っていかなかなければならないように思います。

「舞台が怖いから客席を見ないでずっとピアノに向かって歩き、ピアノを弾き終えたら客席を見ないようにしておじぎをしてさっと帰ってきたのよ。」と舞台裏に戻ってから話していたピアニストがいましたが、演奏者本人がお客様と距離を作っているんでは、お客様が好意的に寄ってきてくれるはずもありません。
演奏には集中していても、それでは演奏家とお客さんの間の空気が冷たくて、ホールに温かい空気が流れないと思います。

「ヨーロッパ アーティスト」出演者の方たちは、ご縁あって、主催コンサートにご出演して下さるわけですから、
お客さんに喜んでもらう工夫と研究を是非して頂きたいと思います。

まずコンサートの演奏時間をお客さんと共有する時間と考える事、それは距離を作らず、いつも自分の子供に子守唄を歌って寝かせようと思う気持ちと同じように、お客様にいい気持ちになって頂くための演奏者にならなければ、”和やかな雰囲気の素敵なコンサート”にはならないと思います。
アーティストは”ワイン”にならないとダメなんです!
お客様を酔わせるために呼び集めているんですから・・・

質を落とすと言う事ではなく、もちろん演奏の質は高いに越した事ないですが、肩肘張って聴く習慣そのものが不自然だと思います。
 
大学時代は、クラシックコンサートを聴く時に、無意識のうちに、当時東京文化会館によく出かけていましたが、ホールのロビーに入ると何か咳払いするほどではないにしても、呼吸を整えて自分なりに「クラシックを聴くマナーで入りましょう!」みたいなところがありました。
それがヨーロッパの伝統芸術なのかと勝手に思っていました。
 
ところがザルツブルグ音楽祭に行っても、服装とマナーはできていても、体はリタックスして和やかな雰囲気で楽しんでいるんですよね〜
休憩時間のくつろぎ方が優雅でワインを飲みながら、みないい顔している〜
ワインの酔いというよりも音楽祭の空気にうっとり酔ってしまいました。
 
なんだ〜こんなにリラックスして普通に楽しめばいいんじゃない、と思って、今度渡仏したら、もっと気楽に自分の楽しみたい聴き方で、自由に楽しんでいました。
 
ヨーロッパの夏期講習会に行くと毎晩教授たちのコンサート三昧なのですが、舞台で椅子を出し入れする人が何度か顔出すと、拍手で迎えてあげて、それを笑う人ありで、何かとても気楽なんです。
日本のコンサートでは蝶ネクタイに燕尾服で演奏する教授も、ここだとジプシー音楽だという事で、4人のアンサンブル奏者が全員服装も合わせてしまって、本人たちが本当に楽しんでやっているのが分かるし、それを聴いている人たちは、聴く楽しみと観る楽しみと両方で楽しませてもらえるし、”楽しい素敵な時間!”という印象だけなんです。
そういう演技が本当にヨーロッパ人って雰囲気を出すのが上手なんです。
ジプシーならジプシーの人になれるし、南米音楽ならメキシコ人になってしまうし、クラシック演奏家が何故あんなに上手に演技できるの?って不思議に思いました。
その辺がやっぱり演劇部出身の私としては、大変興味を持ちました。
 
生き生きして演奏できるって本当に最高ですね〜
 


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