不滅の富良野塾

 
今パリも桜が満開です!
しかし、今日は急に雹(ひょう)が降ってきたり、先週はあられでしたから・・・一体どうなっているのでしょう。
 
昨日は友人宅で楽しい時間を過ごさせて頂きましたので、そのためにブログは書けませんでした。
今まで書き続けていたので、ちょっと残念でしたが・・・

ところで、4月4日に脚本家の倉本聰さんの私塾である富良野塾が26年の歴史に幕を閉じた、という報道を目にしました。

私たち家族は、1980年から2年間札幌に住んでいましたが、富良野はすぐ近くでラベンダー畑がとても綺麗なところという印象があります。

富良野塾の存在を知った時から、倉本さんの生き方は素晴らしいと思っていました。
 
受験料、入学金、授業料は不要で、農作業で生活費を稼ぎながら2年間共同生活をしながら、演技と創作を学ぶ俳優や脚本家の養成塾です。
 
私も私財でこういう音楽塾を作って、音楽家の卵を伸び伸びと育てていきたいと思いますが、実際には私財がないから悲しいですね〜
ですから、倉本聰さんの生き方には脱帽です。
 
下記は倉本さんが”豊か”について書いていますので、抜粋を・・・
「確かに日本は豊かです。豊かさを守りたくてみんな、経済をバックさせてはいけないと思ってるでしょうが、「豊か」を辞書で引くと、裕福(リッチ)で、幸せであることと書かれている。日本はリッチにはなったが、幸せがついてきているか疑問です。僕も家が没落して貧しい時期があり、戦中戦後なんてひどかった。小さな家に住み、家族みんな雑魚寝。おやじや兄、姉なんかの寝息が聞こえてくる。でも、そのことに守られて、幸せだった気がします。」
とてもよく理解できます。
 
心が豊かになる事が最高の幸せだと思います。
 
富良野塾の教育は、25期生までの生徒たちの心に生き続け、その教えは、子孫までずっと受け継がれていく訳ですから、”不滅の富良野塾”だと思います。
 
いいですね〜
こういう教育現場がどんどん出来て、自分に合った教育方法で自分を燃焼させる事が出来たなら、その子供たちの成長は、専門家にならないにしても、輝かしいものだと思います。
 
「ヨーロッパ アーティスト」も今産声をあげたばかりですが、”音楽家同士の輪”を大切に、音楽を通じて心ある繋がりが出来る事を願っていますが、それと、子供がまっすぐに伸びる事が出来るような子供の音楽塾を作りたいと思っています。
英才教育ではなく、音楽の本当の心を教えて、すくすく育って欲しいと願っています。
 
音楽でみんなが「幸せ」を分かち合えるような人間教育の音楽教室を作る事を目指しています。

芸術を通して、本物の”美”を理解したなら、確かな”愛”が目覚めると思います。
「世界はみな兄弟」であるように、世界平和のためのお手伝いができたなら幸せです。
 
思っても実行までには時間の掛かるものです。
ですから、やはり倉本さんの実行力には、ただただ感心させられます。

皆さん、希望に向かって頑張りましょうね!
 

私のブログって?

 
日本帰国まで丁度一週間になりました。
 
生徒たちをまたS先生にお願いしたり、週末コンサートのあとは、ディナーにお呼ばれしたり、しばらくお会い出来ないので友人宅に泊まらせて頂いたり・・・と帰国前はいつもバタバタしてしまいます。
庭仕事も大事な時期に出来ないので、近所の方にお願いしたり・・・
 
今回は25年以来最長の日本帰国期間となりますので、半分は引っ越し気分で片付けをしないといけないですね。
冬物の洗濯もしなければなりませんし・・・
 
今日の生徒たちは、やはり「re」と「sol」を頑張って歌っていました。
音階はそうですが、フォーレの歌曲などでも分かるように、一旦フランス歌曲になるととてもなめらかな歌詞が聞えてきます。
たとえば、現代のフランスのポップスでも、クリームのようになめらかな歌詞が流れてきます。
 
クリームといえば、いつもクリームのようななめらかな味わいのブログでしたら、読んでいて幸せ気分にさせられるのですが、かなり勝手な意見を書いて腹立たしく思われている方も多いかもしれません。
 
どうぞ、何か今日のブログは「イライラする!」とか「自分と全然意見が違うから読むのも嫌!」とか思う時は、一行目ですぐ止めて下さいね。
私のブログで精神衛生上穏やかでなくなったなら、これは大変な事ですから・・・
 
フランスは討論会が大好きな国だということはご存知だと思いますが、テレビでも討論会番組はとても多いです。
 
私自身も段々感化されて、自分の意見を押しつけようとはしませんが、思った事を勝手に意見してしまう事が多いです。
ブログですでにご存じのように・・・

討論会では、自分の意見を強く主張するあまり、ぶつかりあって驚くような言い合いをする事もよく見受けられます。
渡仏した当時は、テレビの番組で本気で唾飛ばしながら言い合っているのを唖然として見ていましたが、相手が何を考えているか、という事がよく分かっていい事なのだ、と思えるようになりました。
 
私の周囲には、心優しい素敵な友がいてくれるので、本当に幸せなのですが、特に最高の”笑顔”を持つYさんは、お優しくて素晴らしい方なのです。
彼女の笑顔でその日がさわやかに送れるので、お会いするをとても楽しみにしているんです。

いつもYさんのような中から出る本当の”笑顔”が欲しいと思いますが、それは内面を磨かなければ無理なのでしょうね。
心が美しいとやはり”笑顔”が変わります。
リンカーンは40歳と言っていたけれど、確か彼女は大学時代にはすでに・・・
でも、当時よりももっともっと素敵な”笑顔”に成長していますね〜

今回私が書き始めたブログらしきものを見て下さって、「いつも楽しみで、元気と勇気を頂いています。」と応援して下さっています。
昨日は、意見も下さってとても嬉しかったです。
今の時代は、大人になれば意見交換したりする事も少ないと思います。
 
岡本太郎さんとパリ時代のジョルジュ・バタイユさんとの友情は、芸術家の友情だったんでしょうね。
本当に心を許した友だったそうですが、ただの仲のよい関係ではなく、激しくぶつかりあった仲で、最後は岡本さんが決別の手紙まで送ったところ、その手紙を読んで、ジョルジュは「実にオカモトは深い事を言っている」と感激して、皆の前で読んで聞かせたそうです。
誠実に批判した事が、結局はもっと強い友情になったという事です。
ですから、岡本太郎は、「やあやあ、どうもどうも」で済ますのでは、本当の友情は生まれない。率直に歯に衣きせずに本当の事を言う事が、人間同士として付き合う最低限のルールだと・・・
 
これはフランス感覚であり、中々日本で日本人がそうたやすく実行できる事ではないのでしょうが、でもとても大切なような気がします。
時には相手の気分を害してしまう事にもなりかねないですけれど・・・
 
人間付き合いの法則は、人によって正反対の意見が出てきそうですが、私は何か岡本太郎さんの意見に強く惹かれてしまいます。
 
週末は外出や外泊などがあり、ちょっとブログは無理そうです。
楽しい週末をお迎え下さい!
 

フランスのドレミは難しい!

 
今日は気持ちのよい1日でした。

昨日は洋服の話から最後は”歌”についての話になりましたが、日本はイタリア語の「ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ド」を学校教育では使っています。
音楽専門教育を受ける場合、ドイツ音名の「C・D・E・F・G・A・H・C」で勉強していると思いますが、フランスでは、日本の学校教育で使用しています、「do・re・mi・fa・sol・la・si・do」で歌います。
 
しかし、日本の子の方がはるかに歌いやすく速度が速くなっても問題ないですし、リズムが崩れにくいのでいいのですが、フランス人が歌うと音階練習がとても大変そうに聞こえます。
 
それはなぜか分かりますか?
問題は、「re」と「sol」です。
8分音符で「ドレドレ、ミファミファ、ソファソファ、ミレミレ、ドーーー」を歌う場合に、ドレドレの小節とミファミファの小節に難所があります。4分音符の場合は大丈夫なのですが・・・
 
日本人は、普通に「レ」という発音をしますが、フランス人の場合、「re」の「r」の発音を喉の奥で発音しますので、少し余分に時間が掛かってしまいます。
また、「sol」の場合は、日本人だと単純に「ソ」と発音しますので、簡単に出来ますが、「o」のあとに「l」という「エル」の発音があるので、舌を上あごにつけるのです。
そうすると必ずそこの場所が遅くなってしまうのですね。
 
これは何か改良できないものなのか、いつもソルフェージュの時に考えてしまいますが、発声練習のように一応階名で歌えるようになれば、「ア」や「オ」で歌う方がリズムが正確になります。
こういう言語の歴史というのは簡単に変えられないものですから困りますね。
 
日仏家庭では、学校ではフランス人と一緒に「r」と「l」を皆と一緒に歌っていますが、ピアノのレッスンでする時には、日本式に「レ」と「ソ」で歌っています。
生徒も楽に歌える!と大喜びです。
そういえば、「火垂るの墓」の時に、清太が「こいのぼり」を歌う時に、「ハニホヘトイロハ」の音名で歌っていますが、今の人たちにとっては難しいでしょうね。
 
イタリア人の「r」の発音は、巻き舌で口の前で発音するので、フランス人のように喉の奥を使いませんので、問題ないですね。
 
2007年のパリのロン=ティボーコンクールの折に、田村響君が優勝しましたが、審査員が毎回田村君の氏名を読み上げるのに大変な苦労をしていました。
日本の名前は言いづらいのですですが、特に「H」は読まないので違う名前に聞えてしまいます。
 
まず名前が「ヒビキ」ではなく、「イビキ」になります。普通に「イ」を出すなら簡単なのですが、フランス人が「Hi」を発音するのには力んで「イ」と言うのです。そして、苗字の「タムラ」を「タムラ」と発音しますが、悪い事に最後の「ラ」が「Ra」になっていますので、喉の奥で発音します。
日本人が発音すれば、「ヒビキ タムラ」と簡単にいくところが「イビキ タムラ」の2か所の難所発音に大変苦労していました。
「YAMAHA」も「ヤマア」になりますし、何か聞いていると、「YAMAHA」の事を言っているようには渡仏してまもない頃は思いませんでした。
 
以前、フランスに「まなみちゃん」というお名前の日本人がいらしたのですが、フランス語で「私の名前」というのを「mon ami」(モナミ)と言います。
本当は名前の「ami」は女性名詞なので、本来なら、「ma ami」になるところなのですが、母音が重なる場合は、発音しにくいという事で、男性名詞につく「mon」が前につきます。
 
ですから、何と言う名前かと聞かれて、「MANAMI」(マナミ)だと答えると、「モナミでしょう?文法的にフランスでは、マナミとは言わないでモナミというのよ。」と言われて困ってしまったそうです。
 
言語は難しいですね。
 
でも、「ドレミファソラシド」は日本人で本当によかったと思います。
苦労せずにすみますから、本当に有難いです!
 

歌を歌ってあげましょう〜

 
パリ周辺には桜が多いのですが、今日は3分咲き〜5分咲きまで開いて綺麗なピンクが鮮やかでした。
 
今の服装は、寒いと思う人は冬のコートを着ていますし、春らしいと思えばちょっと寒くても軽装で歩いています。
 
日本に帰国して思う事は、若い方たちがとても身なりに気を配って綺麗にしているのが目につきます。
女子大の人たちは、フランスの学生たちの身なりとかなり差があると思います。
 
フランスは、18歳から成人ですので、その頃になると自立をはじめます。
それで学費も生活費もアルバイトで頑張る学生が多いので、身なりがとても質素です。
学生時代は、ジーンズにTシャツという人がほとんどです。
子供が成人になると、親は子育てが終わり、急に裕福になりますから、50代過ぎてから女性は、身なりも身に付ける物も豪華になります。
ブランド品を眺めているフランス人は、老夫婦が仲良く品定めをしています。
日本人は、若い女性が圧倒的に多いのですが・・・
 
ファッションに拘る時期が国によって違うように思えます。

まず赤ちゃん時代には、どこの国でもかわいいベビー服を着せていますよね。
 
フランスもとてもかわいいベビー服が並んでいます。
日本のベビー服と違うのは、日本はとても淡い色で赤ちゃんらしいお洋服が多いのに対して、フランスのベビー服は、ファッション性重視で、まだほとんど寝ている時期ですのに、一ヶ月用のお洋服からボレロ付きのしゃれたワンピースや大人っぽいイメージのお洋服が沢山出回っています。
色も右側が黄緑とオレンジの縞柄で左側は赤一色だったり、女の子は、ラベンダー色も多く、ちょっとおしゃれな感じの服が多いです。
一ヶ月用でボレロと組み合わせたワンピースなどあると、首が座っていないのに、どのようにこの着にくいお洋服を着せるのかしら?と不思議になります。
 
でも町でバギーに乗っている赤ちゃんを見ると、その大人びた複雑なお洋服をちゃんと着こなしているんですね。
それがよく似合うのは、どうもお顔が小さくてバランスがよく、色白だからなのかもしれません。
 
バギーに乗せて歩いているお母さまはもちろん幸せそうなお顔をしていますが、子供が何か訴えても知らんぷりしているママもいます。
小さい時期から何か訴えたかったり、単にお母さんの声が聞きたかったりすることもあると思います
 
赤ちゃんのファッションは、お母さんが”幸せ気分”を味わうのには必要な事でしょうが、もっと子供の表情をよく観察して、いっぱいおしゃべりしたりお歌を歌ってあげたらいいのになあ〜と思ってしまいます。
 
赤ちゃんを世話する、という感覚ではなく、赤ちゃんと一緒になってお母さんも楽しんで欲しいですね。
赤ちゃんはとても歌が好きですから、同じ歌を何度でも歌ってあげれば、有効な一日を送れると思います。
 
出産のあと、お腹を元に戻すため、美容体操に時間を掛ける事ももちろん必要でしょうが、何よりもお母さんが優しく自信を持って子供に歌って聞かせられるように生まれる前に練習しておくのがいいと思います。
そのための、「お母さんになるためのお歌教室」があれば、赤ちゃん相手の童謡などすっかり忘れてしまわれた方たちのために有効だと思います。

嬉しいことに、ママと赤ちゃんのための音楽鑑賞会も最近は増えてきました。
それはとてもよい試みだと思います。
しかし、赤ちゃんには身近のお母さんが毎日毎日数時間やさしく歌ってあげたらどんなに喜ぶでしょう。
言葉教育にもなると思います。
娘が10ヶ月の頃にはかなり単語が話せたのは、私が娘に向かって一日中歌かお話、又はおしゃべりをしていたからなのかな?と考えたりします。
 
お母さんが毎日毎日優しく歌い続ければ、必ず音楽好きで心優しい子になること間違えなしです。
 
育児期間を世界中のお母さんが自信を持って我が子に歌って毎日を過ごしたなら、育児ノイローゼにもならないし、親子の絆がずっとずっと続いていくような気がします。
 
歌で世界平和、歌で親子の絆が解決するように思えるのですが、そう思うのは私だけでしょうか・・・

サマーフェスティバルのアーティストたち!

 
パリは、あられが降っています。
かなり勢いよく音を立てていますが、どうも不安定な天候が続いていますね〜
 
今週は、「サマ―フェスティバル」のコンサートチラシをご出演下さるアーティストさんに発送しはじめています。
私は遠きパリに居りますので、人任せで申し訳ないのですが・・・
 
ご出演アーティストさんから、「素晴らしいチラシですね〜」とお声が掛かって”ニッコリ!”しています。
 
サマ―フェスティバルのご出演者は、音源とオーディションによって選ばれた方と、ヨーロッパ アーティスト側からの招聘アーティストさんとの合同フェスティバルとなります。
 
色々な音色を聴いて頂きたい!という思いがあったものですから、楽器の種類も多いです。
 
ピアノソロ、ピアノデュオ、ヴァイオリンソロ、ヴァイオリンデュオ、ヴァイオリン&ピアノデュオ、ヴァイオリン&チェロデュオ、チェロソロ、チェロ&ピアノデュオ、声楽(ソプラノ)、フルート、ホルン、テューバ
12種類の構成となります。
 
どのアーティストさんも力あふれる素晴らしい演奏をして下さると期待しています。
 
大勢のご参加は活気があって企画する事はとても楽しいですが、それだけ質問に対してのご回答が揃うのにも時間が掛かりますし、ここまで進めますのにははっきり申し上げて大変でした。
また資金面もですが・・・
 
でも、ご参加なさられる方たちが演奏だけでなく、とても心温かいいい方たちばかりなので、本当に今から主催者である私は、すご〜く楽しみにしています。
 
帰国の折、東京の電車の中で女子学生の会話が耳に入って、「この中に男子生徒がまざっているのかしら?」と思えるほど、荒い言葉の会話が聞えてくることがあります。
 
しかし、パリに音楽の勉強にいらっしゃる日本人留学生たちは、とても綺麗な日本語を使っていらっしゃるので、本当に嬉しく思っています。
 
今回”ご縁”があって、フェスティバルにご出演アーティストさんが決まり、メールで事務的なやり取りをしていますが、とても丁寧な言語でご返信下さいます。
これだけの事で、私はすぐ感激してしまうのです。
 
みんなみんな素晴らしい方たちなんだな〜と・・・
 
嬉しですね。
こうやって皆さんが一つの目標に向かって頑張って下さる事が・・・
 
私がもし財閥なら、頑張っているアーティスト全員の将来を保証して、安心して勉強させてあげたいんですが、本当に残念です。
 
それでも少しでも皆さんのご負担を少なくして、謝礼金を出してのリサイタルが出来るように出来るだけ努力していきたいと思っています。
 
「スズキ・メソード」創始者の鈴木鎮一先生の理念は、「音楽を通じて心豊かな人間を育てる事」を目的にした教育法ですが、本当に素晴らしいと思いますし、確かに、今回ご出演のアーティストさんを考えますと、当たっていますね。
 
実は、フランスで離れて生活していますと、「日本は変わった。教育も全く酷いもんだ。」と聞えてきまして、今の若い方たちの事をちょっと心配していました。
 
しかし、今回のご出演者に限っては、本当にみな礼儀がきちんとしていて、心あるメールのご返信に、何度も読み直す事さえあります。
 
「やっぱり音楽で人間は素晴らしくなれるんだ!」と実感しました。
 
音楽家でもオーケストラに所属なさられている団員の方たちは、人間との繋がりも密で「心の友」が見つかりやすいと思いますが、ピアニストが部屋でこつこつ練習している場合には、中々多くの音楽家と接する事も難しく、学生時代とは違ってきます。
 
そういう事を色々考えまして、自分の専門の楽器とは違うアーティストさんが、コンサートを通じ、心通う仲になれたら素晴らしい事だと思います。
 
そういう”ご縁”を大切にしたいと思います。
 
私は、教師生活が長かった事もあり、お節介過ぎる事もありますが、若者が大好きです。
そして、その若者は自分に絶望しはじめると、目が死んでいくことも何度も体験しています。
その目が死なない、希望に満ちた”目”を持っている間に、色々なコンサートチャンスに巡り合えれば、希望を持って、その若者の一生がとても素晴らしいものになると思っています。
 
アーティストは、サラリーマンのように会社のために頑張る、のではなく、自分のために磨いて頑張れば評価されるものです。
会社の場合は、時には裏切られる事だってありますが、自分を磨く職業は、自分さえ頑張れば必ず何か導いてくれるような気がします。
最後まで諦めないで歯を食いしばってやれば、必ず認めてもらえると信じています。
 
ですから、自分を磨いて、”自分の演奏によって他人を幸せにさせる事が出来る!”そういうお仕事につける事は、人間として最高の喜びだと思えてなりません。
 
私は、人間が好き、他人を喜ばせる事が好き、そして喜ばせる事で自分がたまらなく嬉しくなるようなおめでたい人ですが、いい若きアーティストに巡り合えたのですから、裏切らないように、コンサートの最後の最後まで諦めずにお客様集めのために時間を掛けたいと思っています。
この長いブログを読んで下さっている方、どうぞご協力のほどお願い致します。
 
折角の演奏を聴いて下さる人がいなければ、素晴らしいアーティストさんを評価してもらえませんから・・・

コメントから・・・

 
ブログをはじめて、1ヶ月と少しになりますが、はじめて「コメント」というものを頂きました。
今までそういう経験がないので、一瞬何かと思いました。
「fuyu」さんというお名前の方からでした。有難うございました。
 
これだけ、毎日音楽の事に触れてきましたが、最初のコメント「fuyu」さんからは、音楽の質問とか意見ではなく、昨日の最後のYahoo!ニュースの真央ちゃんの事でした。
 
実は、今日触れようと思っていた課題のことも色々入っていました。
 
「鐘」は、確かに真央ちゃんには不向きだったと思いますし、コーチがロシア人だったからラフマニノフを選ばれた事もあるでしょうね。
 
「fuyu」さんの、
「もちろん、苦手でも表現できなくていけません。」というのは、学生で課題曲を勉強している訳でもないですから
苦手なものを敢えてする必要はないと思いますし、真央ちゃんの顔(中味)そのものが出る選曲が大切だと思います。
ですから、私としても選曲ミスだと思います。
 
世界選手権での「怒りの表現」には、真央ちゃんの心の葛藤が外に現れてきたのではないでしょうか。
それだけ大人になった事だと思います。
 
私は、長年ロシア人の指導者と関わり、色々経験して感じた事があります。
ロシア国民は、体の奥にとても熱いものを持っています。
しかしその教育方法は、意外とその子自身を伸ばさないで、自分の思い通りにはめ込もうと意識的にまねをさせる教育が行き過ぎていると10年以上前に感じました。
 
もちろん、芸術にはものの見方を一つ変えれば、全く違った見方になる事もありますし、「不正」は多々あると思います。
しかし、私は「不正」とかそういうものはすべて抜きにして、単に演技を鑑賞して心の底で感じたことを素直に書いているだけなのです。
 
考え方は千差万別ですから、それを拒否なさられて全く問題ない事だと思います。
 
確かにロシア人全員が同じ考えのわけもございませんが、NHKドキュメンタリーを観たときに、私が頭を過った事と全く同じ線でタラソワコーチが語られたので、「やっぱり!」と確信した次第です。
 
私個人がオリンピックの演技を観て、キム・ヨナとの芸術の差を感じたのは、演技の中から強い光が出ているかどうかという判断です。
ですから、「不正」だのそういう段階で私は話しているのでは全くありません。
好き嫌いや好みがあるのは当たり前ですが、聴衆の目はごまかせないと思います。
 
人の解釈というのは難しいものですから、なるべく誤解のないように記載すべきですし、自分の意見を丁寧にきちんとの述べなければならないと反省しております。
 
「fuyu」さんが、2月27日のブログを読んで下さっていたら、何となく私の言おうとする意味がもっと伝わったかな、と思ったりしています。
 
真央ちゃんに表現力が何もなければ、もちろんここまで頂点にはいきません。
子供時代はとても明るくて溌剌として、伸びやかな表現力とが備わっていたからこそ、ジュニアでずっとフィギュアスケートのスターの座でした。そして、輝きある目と顔一杯で笑う笑顔がたまりませんでした。
私もかわいくて大好きで、彼女の演技になると釘づけになっていました。
だからこそ、ないものを早く自覚して、もっと羽ばたいて欲しいと心から願って、色々自分なりの分析をはじめたのです。
これは、真央ちゃんが好きだからこそ、そして乗り越えて欲しいからこそだという事をご理解頂けますと幸いです。
「銀」をもらって、申し分ない結果なのですから・・・
 
またまた音楽とすぐ結びつけたくなってしまうのですが、20年ほど前ですが、PTNA(全日本ピアノ指導者協会)の創設者である故福田靖子先生が、「何故小さい時には、『この子は将来凄いピアニストになるわ!大人顔負けの表現力があって、生き生きして上手!』と期待していた子が、中学、高校になると、昔のあの演奏は何だったんだろう?って思えるほど面白くない演奏するんだけれど、これってどういう事だと思う?」と聞かれ、帰国の折の会食時の話題になり、意見交換した事がありました。
確かにそういう生徒もいらっしゃいます。
 
たとえば、アメリカのハリウッド全盛期の時に子役女優として活躍した「テンプルちゃん」ですが、子供なのに、大人顔負けの演技!という事で一躍スターになりました。
確かに「小公女」を観ても、ちょっとした仕草、鳩に餌を撒いている姿をみて、子供なのになんであんな演技ができるのかしら?と思えるほどです。
大人びた振る舞いを小さな子役が演技しているのは本当に「天才!」だと思います。
でも、それは演技として指導を受けてするコピーではなく、その子から出るものなのです。
 
フランスの生徒の中にとてもおしゃれなかわいいお子さんがいました。
今は美少女に変身していますが・・・
当時5歳で、とてもフランス人形みたいにかわいい子だったんです。
その子は、毎朝香水をつけて幼稚園に行くのですが、ピアノのレッスンの日にうっかり朝忘れたらしくて、レッスンの前に、ちょっと香水をつけてからレッスンをはじめていいですか?と聞いたので、「香水で曲のイメージがよくなると思うから香水をふってからレッスンしましょう!」と答えました。
その姿をみて、もう驚きました。
フランス女性と同じ振る舞いをしているのです。
ちょっと綺麗に首を斜めにしながら、左右の耳につけている様子は、エレガントで絵になっていて、もう見ていてかわいくてうっとり・・・
そういう子は発表会でも身のこなしが素敵で見る楽しみもある程です。
同年の子で、足を広げてドタドタ舞台を歩いてきて、ピョコンと頭下げてピアノに向かう子とは動作すべてが違います。
 
ピアノを弾くレベルはほとんど変わらないなのに、何故生まれて5年という歳月しか経っていないのに、このように雰囲気が違うのか・・・これが個性なんです。
 
真央ちゃんは、演技力と表現力が本当に愛らしくて、伸び伸び素敵な演技をしたからこそ、みなから大喝采を受け、今の座があるのです。
 
先程のテンプルちゃんの話に戻りますが、最後の作品は脇役で病人役だったからという事もあるでしょうが、目の輝きを見て、そして演技を観て、あの天才子役女優のかけらも見つかりませんでした。
スターが落ちぶれてしまうと悲惨でかわいそうです。
 
優れている子役が親や指導者のコピーだけで演技をしていたなら、全く子役として残れないと思います。その子の内面に備わった想像力と表現力こそが演技を引き立てているのです。
本当に素晴らしい才能があるからこそ選ばれるのです。
 
子役スターの座を勝ち得るだけの、素晴らしいスター性と表現力がそこには身についているからなのです。
心の奥に秘めたものがダイヤなのか石なのか・・・という事なのでしょう。
もちろん必ず「運」も付き物ですが・・・
加藤清四郎君だってそうですよね。
大人みたいな演技!は、大人の演技ではないわけで、大人になれば、本当の大人の演技をしなければならないのです。中身で勝負です。
 
逆に、子供の時は誰からも「特別な子」と見られなかった子が、突如として思春期になって認められる事もあります。
それは、子供なりにずっと生きてきた証、たった15年の生きざまが光って、誰からも愛される「光った人」になれたからなのだと思います。
ですから、特別の才能がある人は、神から選ばれて、この地上に生まれてきたわけですから、どうしてもないものを補って、もっともっと羽ばたいて欲しいと願ってしまうのです。
真央ちゃんは選び抜かれた子ですから・・・
 
最後に・・・
 
16代アメリカ大統領のリンカーンは、「40歳になったら、人は自分の顔に責任を持たねばならない。」と言いましたが、小学生の時にはじめて聞いた時は、何の事か理解できなくて考え込んだ事を覚えています。
少し成長して、「人間は、前向きに頭脳をフル回転させて、努力しない限り、魅力ない悪い顔になってしまうのだ・・・」と理解できるようになりました。
 
自分の顔に責任が持てるように、もっともっと頑張らないと!

スカイプ電話で安心!

 
皆さん、ちょっと私の文章は長すぎて疲れてしまうのではないかと思います。
書き綴っていますと、ついつい量が増えていってしまいます。
簡単に読み流せる量を心がけたいと思っていますが、昨日は長すぎました・・・
反省しています。

私はおしゃべりですから、国際電話料金が高い時期は本当に大変でした。
特に子供たちが小さい頃は、海外で暮らしていますと、孫の顔を見れない親たちに、せめて電話で日常の事なども話してあげましょう・・・と思い、両家に電話をして長々と話していました。
時には、子供たちの誕生日に、日本から誕生日のプレゼントと共に、はなむけの「詩」が届くと、それにバックミュージックをつけて、受話器をピアノのところに運び、私はピアノ伴奏、誕生日の本人が詩を朗読して感激させてあげたり、フランスのコンクールに優勝したという知らせと共に、受話器を向けて優勝した曲を聴かせたりもしていました。
フランスの詩や童話や日本の教科書が上手に読めるようになると聞かせていましたが、学年と共に長くなってきたので、電話料金が大変だ!、という事でカセットテープをしまいには送る事の方が多くなりましたが・・・
 
「フランステレコム」から当時数万円の明細書が届くたびに、「今月もひど〜い!」とその時はちょっとしょげますが、それでもこれしか”親孝行”は出来ない、と思い、ずっと続けていました。
 
今はその点、国際電話も安くなり、「スカイプ」を利用すれば、いくらでも掛けられます。
私のようなおしゃべりには本当に有難いです。
 
昨日までは冬時間でしたので、午後11時から0時までが忙しい時間でしたが、今日からは
0時から午前1時までが日本との連絡時間です。
 
まずは、午後11時(日本時間翌日午前7時)〜11時20分に今日本にいます夫と出勤前に話し、次は実母がスカイプの点ける時間ですので、それから11時40分までおしゃべり、そしてそのあとは娘と0時過ぎまで続きます。”おはよう”の挨拶です。
だから離れていても、私のパリの生徒たちの事まで全部日本の家族は把握しているんです。

今日からは夏時間なので、この毎日の電話サービスが午前1時まで続きます・・・
日本時間の夜も毎日家族とのやり取りが続きますから、うっかりすると2時間以上もスカイプ電話をしていることもあります。
とても遠距離で生活しているとは思えません。
母は89歳にして、パソコンを持ち、毎日スカイプで私との会話を楽しんでくれています。
スポーツ観戦好きでもあるので、パソコンで情報をキャッチしています。
 
「ヨーロッパ アーティスト」のブログの事は内緒にしていますが(笑)
勝手に立ちあげて、年老いた親の心配の種になってもかわいそうですので〜
 
今の時代は本当に便利ですね。
滝廉太郎さんや1882年生まれのピアニストとしてヨーロッパに渡った久野久さんの時代とは大違いです。
三善晃さんの時代でもやはりパリ生活は大変だったそうです。
 
1980年代は、日本の情報が途絶えてしまっているような時期もありましたが、パソコンの
お陰で、パリにいても、日本の事がYahoo!ニュースから情報を得る事が出来るようになりました。
 
今日のニュースから一つ・・・
 
「浅田はフィギュアスケーターとして必要な資質のすべてを持っている選手だ。しかし今シーズンはトリプルアクセルを作戦の中心に置き、超人的な努力を重ね、五輪では3度成功。 しかしやはり今の浅田のスケートには、フィギュアスケートとしてまだ足りないものがある。ジャンプもそのほかのエレメンツも「技術」としては完ぺきに近いが、「氷の上で自分を表現する、何かを表現する」というフィギュアスケートのもうひとつの大切な部分が、まだ少し足りない。いや足りないのではなく、それができる力を持っているのに、必要であることに気づいていないのだ。」

この記事をご覧になって何を思いましたか?
 
フィギュアスケートは、芸術面もとても大切なスポーツですから、音楽に似ていますね。
 
私も真央ちゃんのインタヴューを聞くたびに、「才能溢れた子なのに、何故自分で作り出す表現力が大切だという事に気づかないのかしら〜」と思っていました。
今日のニュースで、やはり同じ意見を持っている人はいるのですね〜
真の”芸術”を目指して欲しいです。
 
真央ちゃんのフリー演技のラフマニノフ「鐘」でタラソワコーチが激しい気持ちを表すのに、「右ほっぺと左ほっぺ」をたたくように指導なさられている練習風景がNHKのドキュメンタリーで放映されていましたが、一つの動作が、本人からの発想で出ている事なのか、それとも他人から指導のもとに動いているのか、その違いは一目瞭然です。
私には、何かそういう鋭い勘のようなものだけはもともと備わっているみたいです。

体の中からこういう演技をしたいという強い願望があって、その思いが詰まった情熱を燃焼させて出てくる演技が本物だと思っています。
アーティストは、演技が演奏に置き換えられただけです。

自分の演技だけで4分間演技が繰り広げる事が出来たら、大切な課題をクリアーした事になります。
もちろん、コーチなしという事ではなく、高い水準を保つためにはコーチなしでは無理です。
しかし、自分の勘と創造力は絶対に人任せでは解決できるものではないのです。
スープのこくとうま味を自分で出したあと、塩とこしょうの加減をコーチに調節してもらったらいいのではないかと思います。

練習は大切な事ですけれど、”芸術の美”を心の底から感じる事が出来たなら、必ず成功すると思います。
もし、「何をしたらいいのか分からない〜」という事でしたら、手始めに楽器をしたり、コーラスに参加して、心の奥の奥を燃焼させる事を体得するのが一番かもしれません。
一体今自分は何を表現したいか、が見えてくると思います。

芸術の美を感じる能力を身につけるためには、ブログで話題にしているような、シューマンが持っていた空想力の他、感性、思考力、想像力、そして、岡本太郎さんのような創造力こそが
大切なんではないでしょうか。
人間のこういう底知れぬ才能が何よりも好きな私です。
 
折角素晴らしい才能に恵まれて生まれた真央ちゃんですから、自分のやりたいように体いっぱいで思いっきり表現して、そして、益々素晴らしい演技をしてくれる日を楽しみに待っています。

言うのは簡単なのですが、自分に無いものに気付き、それを改革する難しさはよくわかります。
でも、とにかく挑戦して欲しいですね!だって天才少女なんですから!

フランスの音楽教育

 
今日から夏時間です!
日本との時差は7時間になります。
フランスでも一時期は夏時間をやめよう、という動きもありましたが、結局ずっと続いています。

家中の時計を直さないといけないので、面倒な事もあるんです。
渡仏して間もない頃は、コンサートの時間をまちがえて、一時間外で待った事もあったし、逆にバスティーユのオペラ座で「カルメン」を観るのに、うっかり遅刻した事もありましたが、さすがにこう長くなるとそういうドジもしなくなりました。

急に日照時間が長くなってきましたから、旅行客にとっては、一日たっぷり散策できるようになりましたからいいですね。
パリって不思議なのは、ちょっと仕事でセーヌを横切るだけでいい気持になれますし、トロカデロの駅に出ると、エッフェル塔をシャイヨー宮から眺めてみたくなります。
用事もないのに、シャンゼリゼ通りに出てみたり・・・

ところで、昨日はフランスのよくない例をあげましたが、文化をはじめ、素晴らしいところも見てあげないとかわいそう
です。
歴史的建造物は何と言っても素晴らしいと思います。

今日はちょっとフランスの音楽教育について書かせて頂きます。
 
音楽教育については、私としては両国を混ぜ合わせたものがいいのではないかと思っています。
 
フランスでいいところ・・・
それは、教育の”教”でなく”育”を行う教授が多いように思われます。
育てる為の手助けをするけれども、教え込もうとはしない、というところです。
前に、「天才を待つ国」と言いましたが、真にそれが強いと思います。
 
将来自分を見失わないで羽ばたけるように導いて行くような教育は、とても優れていると思います。
 
これは但し結果が出るのに時間が掛かりますから、今の時代のように「コンクール」が年少者程受賞しやすい時代には向きません。

私は、冷静に”教育”を考えてみますと、慌てて上手にしていかなければ間に合わないような教育方針はどうも賛成出来ません。
しかし、フランスの音楽教育は遅すぎると思います。
 
2007年に他界なさられた、チェリストのロストロポーヴィッチは、パリの市庁舎での祭典でロストロ・ポーヴィッチコンクール会場を何故パリにしたか、をお話なさいましたが、その言葉がとても印象的でした。
彼はロシア人です。
ロシア人は、情熱的で熱いものを持ち合わせている国民ですから、とても芸術に向いていると思っています。
その彼が、「全世界でフランス人ほど音楽に向いている国民はいないと思います。フランス人が奏でる音楽は、優美で繊細そして感性があります。ですから、”パリ”が私のコンクール会場としては最高の場所だと思います。」と演説なさられました。
 
それだからと言って、フランス人がコンクールに受かるというのかというとそうではありません。
やはり賞を取るのは、ロシア人や他国籍の人たちなのです。
でも、第一次予選から聴いていますと、確かに”味”の面では、素晴らしい人がたくさんいると思います。
教授は教え込まないで、生徒は、全く自然体で自由に音楽を奏でますから完璧ではなく、コンクールのような減点法にはどうしても勝てません。
私もフランス人の奏法と歌い回しをこよなく愛していますし、ロストロポーヴィッチのおっしゃりたい事がよく理解できます。
パリの市庁舎での祭典の時にロストロポーヴィッチがフランス人を褒め称えましたら、フランス人はおっちょこちょいですから、「ワオー!」と大歓声が起きました。
やはりどこの国でも自国を褒められる事は嬉しいことなんですね。
 
フランス人の演奏は、紛れもなくその人の演奏であり、アーティスト本人からの味が出てきますから、とても豊かな音楽性であると思うのです。
自分のものは自分のものですから、誰からも取られる事はありませんが、幼時期から無理に先生のコピーすることに精を出しすぎますと、あとで問題になることもあると思います。
賞を取る事だけを目標として、目先の事だけに振り回されてしまいますと、どんどん自分の良さを失ってしまうこともあるように思えます。
 
フランス子供コンクールでも1人1人自分の解釈で弾きますから、課題曲でも驚くほど違います。
それでいいんだと思います。
でも、その音楽の中にその子の魂がちゃんと乗り移っていますから、その子がこのように弾きたいんだ、という自己主張があるから、聞いていてまさに”その子の音楽”が伝わってくるのです。
 
子供のコンセルヴァトワールのオーディションをもし日本の音楽教師たちが聞いたなら、「これがコンセルヴァトワールの生徒さんの演奏なんですか?」と首を傾げると思います。
正直言って、まだまだ未完成なところが多々あり、日本のきちっと弾いている子を見慣れている先生でしたら、「これがフランスの音楽教育なのですか?レベルが低いんですね〜」と驚かれるでしょう。
 
しかし、この子はオレンジ色に表現していて、あの子はブルーで表現していて・・・とはっきり自分の音楽の色が出ていて、本人は満足しきって自分の演奏を披露していますので、本当に心から楽しめる演奏会をしてくれるのです。
まだまだ下手なのに潤いがあって、魅力的・・・というのを想像できますか?
ミスタッチだらけなのに、音が光っていて何を表現したいかが伝わってくるから、楽しいんです。
1人1人の解釈が違うので、この先生のお弟子さんという事が分かりづらいと思います。
 
”教育”とは本当に難しいですね。
先生たちは、わざと嫌がらせしようとして生徒に教えているのではなく、みな自分を信じて、生徒の向上を願って教育していらっしゃるのです。
しかし”教”に傾き過ぎている傾向にあるように思えてなりません。

人間は商品ではなく、1人の生きている人間ですから、パソコンの性能をどんどんよくするのとは違い、その子の生まれながらに持った感性をそのままにしてあげて、ゆっくり正しい道に導いてあげたいと思っています。
どんどん教え込みをした方が、親御さんにもわが子の進度が速いので喜ばれますし、結果がすぐ出ますから本人も一時期は満足してしまうのですが・・・
 
しかし日本からの留学生がパリにきて、「フランス人より弾けているのに何かが違う。」と感じてからノイローゼになってしまったり、「日本の先生の方がずっと丁寧に教えてくれたし、フランスの先生ってすごい大雑把だから・・・」と不満を持ったり、「もう十分弾けるんだから君はまず遊ぶことが必要だ!」なんて急に言われても困惑してしまう学生さんがいらっしゃいます。
「遊ぶ」という発想についても先生は美術館や観劇などを思っておっしゃっているのですが、日本で出来なかった「テレビゲーム」を購入して遊んでいる留学生もいました。

留学生の中には、「フランスの先生は、細かく教えないから翌週まで何をしていったらいいのかわからない。」という人が多いです。
言葉のすべてを理解できないですから難しい、という事ももちろんあるでしょうが、先生から何か与えてくれるものを待ってもダメです。自分から質問するなりしなければ、あまり細かい事をおっしゃらない先生もいらっしゃいます。
でも、曲のイメージなどが違っている、と思われると、その曲の描写とかとても楽しく語って下さいます。
しかし、これは言葉の壁があるとそう簡単には理解できませんね。
道を尋ねたり、お買いものの会話とは違いますから、難しいとは思います。

優等生で指回りがよくても、将来的には、それよりも、その子の生い立ちから出る感性と思考力、想像力、空想力、思想・・・それと勘などが実は一生を通じて演奏家としてはとても重要な要素だと確信しています。
 
”ゆっくり教育”ですとコンクールなどはまず受からないんです。
しかし、30代、40代で世界的には無名の
アーティストが本当に美しい演奏を聴かせてくれることがあります。
ずっと”音楽の本質”を追い求めて、コツコツ勉強に励んでいる姿が見えてきます。
 
これはあっぱれな達者なアーティストにはない、頼りないナイーブなシルクのような音色なのです。
 
亡父は”すみれ”をこよなく愛していました。60年位”すみれ”と付き合っていたんではないかと思います。
「三色すみれももちろんかわいいけれど、パパは、この淡い頼りなくて優しい”すみれ”が大好きなんだよ。」と言っていました。
 
その時はあまり深く考えませんでしたけれど、何となく綺麗さにも色々あるんだな〜と、その言葉を思い出す事があります。
 
皆さんも自分の好きな音を見つけてみて下さいね。
有名アーティストでも無名アーティストでもいいんです。
自分にぴったりの、今の自分が求めているアーティストが必ずいると思いますから・・・
”技術”は指ではなく耳しかないんですから〜

フランス人って?

 
昨日の事件で、Tさんという方は4ヶ月にしてフランス人に対して不満をもってしまったようですが、本当に国民性というは、各国違います。
「売り子やレジが無愛想で不効率」と書いてありましたが、確かに日本のようにきちんとした国から来るとイライラする事が多いと思います。
本人たちは、ずっとその伝統で生活しているから当然だと思っているのですが、日本人にとっては、許せない事が多々あるでしょうね。
スーパーのレジに並んでも、レジで仕事はしているのですが、隣のレジの人とおしゃべりしたり、私の品物見て、「これってどうやって食べるの?」と聞いてきたり、値段が分からない商品があれば、「ちょっと待ってね!」って値段を確認に行って、全然戻ってこない・・・と思ったら品物を整頓している店員さんと立ち話していたり・・・と。
小切手でお買いものする人って結構時間が掛るのですが、レジの人は、ポケッとサインするのをながめているんですが、さっさと次のお客様に進めて下さってもいいですよね〜

そうそう、日本を絶対に見習って欲しいのは、まずレジで品物の値段を払ってから、かごを袋にいれるために日本は品物入れの場所に移動しますよね。
ところが、フランスは品物入れる場所はなく、レジで値段を打ってもらった品からその場所で袋に入れるんです。
私はレシートが出た時点で、すぐ支払いをまず済ませますが、図々しいおばさんは、袋に全部荷物入れてからでないとお金を払わないんです。
レジの人もその時間ポケッとできるから、コーラ飲んだりして、その人が荷物入れ終わるのを待っているんですから、もう何もかも待たされっぱなしです。
そういう呑気な人種なんだ、と思って生活しなければ、仕方ないです。
その代り、入れるの手伝ってくれるような親切なレジのお姉さんもいるのでが・・・
 
今は仏国鉄(SNCF)もネットでチケット販売してもらえるので楽になりましたが、パソコンが普及する前は駅の窓口に行って、チケットを購入しなければなりませんでした。
1時間ぐらいは覚悟しなければなりません。
番号札を持って待っていても一向に順番が回ってきません。
特に春になるとその混みようはただ事ではありません。
それはそのはず・・・
窓口の職員に夏のバカンスの家族旅行にどこへ行くのがお勧めかしら?と尋ねているんです。
「そうね〜私なんかプロヴァンスが好きだけれど、涼しいところがいいんだったら、やっぱりアルプスかしらね〜」と自分も話しに加わって楽しいそうな顔して話しているんです。
今度は時刻表を見せてもらって、「どの時間にしたらいいかしらね〜」と窓口で決めようとしているんです。
 
それについて仏友人に何故職員は急ごうとしないのか、何故後ろに沢山待っている人がいるのに平気なのか、を尋ねてみた事があります。
 
職員は、とにかく窓口に座って時間内仕事をすればいいんだ、としか考えていないから、せかせか忙しく働くよりも、相談受けたら、それの方が自分も楽しくて楽だ、ぐらいにしか考えていないのよ。
そして、「待たされる」という事に仏人は慣れているけれど、その変わり順番が自分に回ってきたら、鬼の首でも取ったみたいに、今まで散々待たされたから、そう易々とは帰らないわよ、という感じで、長々と居座ってしまうそうなのです。
 
それが分かってから、もうバッグには本を持って、番号札を持ちながら、電光掲示板の番号を時々確認しながら読書して慌てないで待って、自分の番になったら、日本の時のように後ろの方を待たせたら悪い、などとも思わないようにして、間違えのないようにゆっくり行動を取る事にしました。
 
まさに、「郷に入っては郷に従え」だと思います。
風俗や習慣は、国や土地によって違うのですから、その土地に行ったら、そこの風俗と習慣に従って生活しなければ、絶対にうまくいかないと思います。
 
昨日のT子さんが「病院も郵便局も、どの窓口も仏語が出来なければ邪魔者扱い」と言うのは仕方ない事なのかもしれません。
言葉が通じないでもたもたしていると、相手は機嫌を悪くしてしまうのは当たり前ですし、すぐ顔に出してしまう人種ですしね。
日本人のように我慢強くないという事と、お客様へのマナー教育は全くなされていないからです。
 
これの解決法は、ニコニコ笑顔作戦しかないんです。
外国人だ、て言うだけで憂鬱な顔する人もいますので、待合室に座って待っている時から、窓口の人が「あの人何かしら?私の顔見て、バカみたいにニコニコばっかりしているけれど??」って言うぐらい意識的に”次は私ですからよろしくね!”みたいな感じで、まず、いい印象を与えておく事ですね。
そして、窓口に立ったら、「申し訳ございませんが、私はまだ仏語がよくできないので、ゆっくり話して下さいますか?」って仏語でお願いするしかないのではないでしょうか。
そして、それを言ったあとも、とにかく申し訳なさそうな顔して、笑顔だけは絶やさない。
何となく”この人わけなく笑って何か気持ち悪いけれど、まあ変わった面白そうな人だから相手になってあげましょう。”って親切にとまではいかなくても、応対はしてくれる可能性は大です。
こういう時は、Mr.ビーンに登場してもらうといいかも・・・

それでも怖い怖い顔して何しても睨みつけているような職員もいますが、これは”たち”ですからどうにもならないです。
愛想がいい人と悪い人は、どこの国にだっていますものね。
 
それでも、東洋人の中では日本人だという事でかなり待遇はいいです。
発展途上国の人たちはもっともっと待遇が悪くて悲しい思いをしている人がいます。
賃貸アパートの場合でも、日本人にはあっさり貸してくれても、ロシア人だというだけで「あやしい人種だから嫌よ!」と断られて憤慨していた露友人がいました。
 
その点、音符は、言語と違って万国共通ですからいいですね〜
 

パリ日本人会新聞の記事から

 
今日は珍しく夕立のような雨が降り、しばらく出先から帰れなかったですが、今はすっかり雨が止み緑地が鮮やかな色合いを見せていました。
 
パリには「日本人会」があって、2ヶ月に一度「日本人会新聞」が届きます。
もちろん会員になっているからのですけれど。
 
今日、3,4月号が届きました。
連載の医療講座では、精神科医でカウンセラーの大田博昭先生が色々な日本人の患者さんの事を取り上げていらっしゃいます。
 
30代前半の主婦のT子さんとなっていますから、私と同時期に渡仏しています。
半年前に夫の出向に同伴してフランスにきたそうですから、同伴も同じですね。
憧れのフランスで、しかもパリだということで張り切っていたそうなんですが、来仏後、4ヶ月が過ぎて慣れた頃に、人々がギスギスしている事に気づいたそうなんです。
パック旅行で来た時は終日「エレガントなパリ」を満喫しましたが、実際に住むようになって、「日常のパリ」に接するにつれ、売り子やレジが無愛想で不効率、病院も郵便局も、どの窓口も仏語ができなければ邪魔者扱い・・・そんなある日、友人宅に訪れる際、駅の自動販売機でモタモタしていたら、3人組に襲われてバッグをひったくられ、追いかけたものの階段を踏み外して転落し、肩の打撲と左手首の捻挫だったそうなのです。本当にお気の毒ですね。
クレジットカードを止めたり、パスポートの再発行、保険会社に被害の払い戻し請求・・・
その後、悪夢、動悸がしたり胸が苦しくなったりで、結局病院に行かれたという内容のものでした。
 
本当に人間って些細な事から崩れてしまうのだと思います。
仏病院では「うつ病」、この記事を書かれている大田先生は、「自律神経失調症状」と診断なされたそうですが、どちらにしても大変な事になってしまったと思います。
 
事故が起きなくても、海外生活って憧れで最初はいらしても、神経症やうつ病になられる方は本当に多いそうです。
子供の教育から母親はノイローゼに掛かる事が多く、母と子は日本に戻り、父親だけの単身赴任になってしまうご家庭も多いですね。

折角ならそうならないうちに、コンサートに通って、頭と気持ちを落ち着かせることができたならよかったのに、と思えてなりません。
パリでしたら、オペラもバレエも身近に観れますし・・・
 
私のように図太く生きている人でも、子育ての時期はやはり大変だったと思います。
でも、私たち家族は、旅行好きの音楽好き!4人ともが楽天家!
これがノイローゼにならない秘訣だと思います。

折角ヨーロッパにいるならと、この25年の間に20ヶ国以上回り、その土地土地で楽しみ、教会ミサやコンサートに通いました。
私のジェスチャーは世界万国共通のものですから、言葉よりも相手に伝わって仲良くなってしまう特技があるんです。
そして持ち前の想像力と空想力で結構勘が的中することも多いんです。
その分、めちゃくちゃ語で各国を平気で旅していますが・・・
 
やはり人間って心配になったりくじけたり、脳みそが優れているからこそ、色々な事を考えてしまいます。
人間はとても弱いと思います。
なるべく苦しい事は考えずに、楽しい事だけを考えて生きていけるといいですね。
 
そのためにも、やはり楽しむための想像力と空想力が大切だなあ〜と思います。


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