西日本では大雨による洪水で大変なようですね。
最近は、異常気象が多く、とても不安です。
さて、いよいよ「サマ―フェスティバル in すぎなみ2010」開始まで一週間を切りました。
天気予報によりますと、週末からお天気がよさそうですので、ホッとしています。
当日券は、天候に左右されてしまいます。
今日は21日第3部にご出演の上野眞樹さんにご登場頂きます。
●上野さんは、東京芸術大学をご卒業してから、ドイツのハノーヴァー国立音楽大学にご留学なさられたとの事ですが、何年ぐらいドイツにお住まいだったのですか。
上野眞樹:はい。25年間ドイツの住んでいました。
●私も25年フランスに住んでいますが、海外に居住しますと、ヨーロッパの見聞を広めて、色々音楽や文化について考えさせられたり、感心したりすることがありますよね。
ドイツに渡って、まずどんな事を感じられましたか?
上野眞樹:そうですね。ドイツの一般の人たちが普段の生活の中でレベルの高い音楽を普通に楽しんでいる姿に大変感動しました。
●本当にそうですね。
確かにヨーロッパの芸術観は凄いと思いますし、自然に楽しめるのがいいですね。
オーケストラでお仕事なさられていたのですね。
上野眞樹:はい。フィルハ―モニア・ブルガリカという共産国ハンガリーから西ドイツに亡命したオーケストラのコンサートマスターを20年ほどしていました。
西ドイツの音楽平和使節として、世界30カ国で演奏、世界各国の現状・惨状を目の当たりにし、自分なりにできることはないかと考えるようになりました。
●音楽平和使節としてですか・・・
それは、世界の現状が見えてきますね。
そして、ユーディ・メニューインの考えから、自分の生き方が決まったそうですね。
上野眞樹:そうですね。名誉指揮者・独奏者として共演したユーディ・メニューインの「音楽家は平和の戦士」という生き方に強く共感、世の中のため少しでも役に立つ演奏家を目指すようになりました。
●メニューインとの出会いで、生き方の方向性が見出されたという事ですね。
私も晩年のメニューインさんにコルマールフェスティバルでお目に掛かりましたが、温和で素晴らしい方だった事が強く印象に残っています。
音楽家は自分の技量を磨く事はもちろん大切な事ですが、それだけではいけないと思います。
音楽家が社会に貢献すること、世の中のために役立たなければならない・・・それでも人間は生きるために慈善事業だけやっていても生活が営めませんから、国が世のために貢献しているアーティストたちをもっと支えて欲しいと思います。
上野眞樹:本当にそうですね。そして、ボランティアという意味を日本は取り違えていて、演奏者に全くの謝礼なしで仕事を頼んできます。ドイツでは考えられない事です。音楽家はどうやって生きていくと思っているのでしょうか・・・
●音楽家は特殊だから土を食べて生きていけているとは思っていないでしょうしね〜
音楽家になるまでの道のりはただ事ではないのに、プロになってそういう扱いをされては、踏んだり蹴ったりですよ。
人間を幸せにするために必要な職業なのですから、もっと国で支えて欲しいと願っています。
ドイツの予言タコ「パウル君」は、W杯で一躍有名になりましたが、人間の心の病や閉ざされてしまった心を開いてあげた演奏家は、これも素晴らしい才能だと思いますし、ノーベル賞ものだと思いますよ。
手術で治せない心の病は、音楽のような特別な治療が必要ですから・・・
上野さんは、アフガンの子供たちの支援をしていらっしゃるそうですが、実際にはどのような活動をなさられているのですか?
上野眞樹:これは日本での活動なのですが、日本で友人になったアフガニスタン人が、祖国に強制送還され殺されたり行方不明になりました。
彼らの最後の頼みが「アフガンの子供たちを助けて」でした。それ以来アフガンの子供たちの教育支援をするようになりました。
その後ご縁ができた人権保護団体「アムネスティー・インターナショナル」や「国境なき医師団」の活動支援もさせてもらうようになりました。
●アフガニスタン人との友情がそんな惨い事になってしまったのですか・・・
でも、教育支援活動をなさられてきた事は、とても素晴らしい事ですね。
上野眞樹:今まで生きてきた事、音楽を通して色々感じた事や考えている事などのお話はいくらでも題材があり日本では敷居の高いクラシック音楽をもっと気軽に楽しんでいただけるよう、ヴァイオリン一つ持っていろいろなところで生のヴァイオリンを聴いていただいています。
普通の生活の中で生の音楽を楽しんでいただき、たくさんの人たちと交流したいと思っています。
●そうですね。私も大賛成です。もっと気楽に生の演奏を楽しんでもらいたいですね。
実は25年もの間上野眞樹さんは、ドイツにいらして、私はフランスにいたのですが、実は上野眞樹さんとは幼馴染なのです。
上野さんのお母上に私はピアノの手ほどきを受け、眞樹さんとは、小学校・中学校の同級生です。
昨年の春の帰国時に、偶然東京でコンサートを拝聴して、まさに25年振りの再会でした。
彼のヴァイオリンの演奏を聴いて、是非サマ―フェスティバルにご出演して頂きたいと思いました。
今日は有難うございました。上野眞樹:有難うございました。
どうぞ、是非成熟したヴァイオリニスト 上野眞樹さんの演奏を聴きにいらして下さい。
音とは別の今までの生きざまがそのまま音の色となって必ずあなたの心に安らぎを下さると
思います。
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